弁護士の生成AIガイドライン|事務所内ルールへの落とし込み方【2026年】
結論:弁護士の生成AI「ガイドライン」は義務ではない。義務は別のところにある
弁護士の生成AI利用について「ガイドラインが出た」という話は2025年以降いくつかありますが、一次ソースで確かめると、その多くは遵守を義務づけるものではなく推奨事項です。実際に弁護士を縛るのは、以前から存在する弁護士法と弁護士職務基本規程のほうです。
事務所が今やるべきことは、新しい文書を待つことではなく、既存の義務規定をAIという道具にあてはめ直し、事務所内ルールとして文書化することです。この記事では実在を確認できた文書だけを対照表に整理し、規程に落とし込む手順まで示します。
この記事で分かること:
- 実在が確認できる文書はどれか(発出主体・公表日・入手可否の対照表)
- 「ガイドライン」と「義務」の線引きを職務基本規程の条文で確認する
- 事務所内ルールに落とし込む7つのチェック項目
- 依頼者への説明・同意をどう扱うか(明文がない領域の考え方)
実在が確認できる文書はどれか|4文書の対照表
検索で出てくる名称には、発出主体の取り違えや正式名称のずれが混ざっています。どの文書に基づいて決めたのかを書き残す必要があるため、まず整理します。
文書名 | 発出主体 | 公表日・施行日 | 弁護士に求めていること | 入手可否・出典 |
|---|---|---|---|---|
弁護士法(昭和24年法律第205号) | 国(法律) | 1949年6月10日公布 | 秘密保持の義務(23条)、職務を行い得ない事件の回避(25条)など。違反類型により罰則あり | 一般公開(e-Gov法令検索) |
弁護士職務基本規程(平成16年11月10日会規第70号) | 日本弁護士連合会 | 2005年4月1日施行(令和3年6月11日改正) | 秘密の保持(23条)、職務を行い得ない事件(27条・28条)、事務職員等の指導監督(19条)、事件記録の保管等(18条) | 一般公開(日弁連・規程PDF) |
AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について | 法務省大臣官房司法法制部 | 令和5年(2023年)8月 | 名宛人は事業者。ただし「弁護士が自ら精査し、必要に応じて自ら修正を行う方法で利用するとき」を適法な利用形態として明示(第4項) | 一般公開(法務省・ガイドライン本文PDF) |
弁護士業務における生成AIサービスの適正利用ガイドライン | 東京弁護士会 弁護士業務改革委員会 第2部会 | 2025年3月27日施行 | 生成AIサービスの選定基準を5要件に整理。会員向けの推奨事項であり、遵守義務や懲戒基準を想定したものではないと明記 | 全文は会員サイト限定。概要は東京弁護士会会報LIBRA Vol.26 No.6で公開 |
弁護士業務における生成AIの利活用等に関する注意事項 | 日本弁護士連合会 AI戦略ワーキンググループ | 2025年9月 | 会内資料として会員専用サイトに公表(本文非公開のため本記事では内容に立ち入らない) | 会員専用サイト限定。存在は前掲LIBRA脚注で確認 |
「日弁連の生成AIガイドライン」という言い方には注意がいる
検索では「日弁連 生成AI ガイドライン」「弁護士業務における生成AIサービスの適正利用に関するガイドライン」といった形がよく使われますが、一次ソースにあたると2点がずれています。
- 「適正利用ガイドライン」を出したのは日弁連ではなく東京弁護士会です。同会の弁護士業務改革委員会・第2部会が取りまとめ、2025年3月27日に施行しています(正式名称に「に関する」は入りません)。
- 日弁連から2025年9月に出ているのは「ガイドライン」ではなく「注意事項」で、AI戦略ワーキンググループによる会内資料として会員専用サイトに掲載されています。
いずれも本文は会員限定で、一般には公開されていません。規程の根拠として引用する場合は、会員サイトで本文を確認し、文書名・版・確認日を控える運用にしてください。単位会が独自に定めている以上、所属会によって参照すべき文書が異なる点にも注意がいります。
法務省の整理は「事業者向け」だが、弁護士側にも効く一文がある
2023年8月の法務省ガイドラインは、リーガルテック事業者のサービス提供が弁護士法72条に触れるかを扱ったものです。事業者側の論点は弁護士法72条とAIの関係と適法運用の4要件を整理した記事にゆずります。事務所ルールを作る側にとって重要なのは第4項で、原文はこう書かれています。
本件サービスを弁護士又は弁護士法人に提供する場合であって、(中略)本件サービスを利用した結果も踏まえて審査対象となる契約書等を自ら精査し、必要に応じて自ら修正を行う方法で本件サービスを利用するとき
ここで示された「弁護士が自ら精査し、必要に応じて自ら修正を行う」という利用の型は、そのまま事務所内ルールの中核に据えられます。抽象的な「出力は確認すること」ではなく、公的文書の文言に寄せて書ける点が違います。
義務の実体は弁護士法と職務基本規程にある|条文で確認する4つの縛り
ガイドライン類が推奨にとどまる以上、AI利用で本当に効いてくるのは既存の義務規定です。条文を原文で確認します。
守秘義務は「漏らす」だけでなく「利用してはならない」(規程23条)
(秘密の保持)第二十三条 弁護士は、正当な理由なく、依頼者について職務上知り得た秘密を他に漏らし、又は利用してはならない。
見落とされやすいのが「又は利用してはならない」の部分です。外部に漏れなければよい、という理解では足りません。A社の案件で得た情報を、外に出さないまま自分のAIの入力材料に使いB社向けの成果物の質を上げる ─ という使い方は、「漏らす」に当たらなくても「利用」の側で問題になり得ます。過去の入力を文脈として引き回す設計のサービスがあるため、この区別が実務上効いてきます。なお弁護士法23条も秘密保持の権利と義務を定めており、規程23条はそれを会規のレベルで具体化したものと位置づけられます。
利益相反の根拠は弁護士法25条と規程27条・28条(条番号の混同に注意)
利益相反(職務を行い得ない事件)の根拠は弁護士法25条と職務基本規程27条・28条です。とくに規程28条は「依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件」「依頼者の利益と自己の経済的利益が相反する事件」を明示的に挙げています。
注意したいのが条番号です。弁護士法27条は「非弁護士との提携の禁止」、同28条は「係争権利の譲受の禁止」という別の内容を定めています。「弁護士法27条・28条」として利益相反を説明する解説を見かけますが、条文にあたると一致しません。規程に条番号を書き込むときは必ず「弁護士法25条/職務基本規程27条・28条」と法令名まで併記してください。
AIとの関係では、複数の依頼者の資料を同一のワークスペースやプロジェクトに混在させる運用が、情報遮断を実質的に破ってしまう点が問題になります。共同事務所では、規程59条が受任防止のための事件情報の記録措置を定めていることも、AI環境の分離設計を考える手がかりになります。
事務職員の指導監督義務が、事務所内ルールの直接の根拠になる(規程19条)
「なぜ事務所としてAIのルールを作るのか」の根拠を規程に求めるなら、19条がもっとも直接的です。
(事務職員等の指導監督)第十九条 弁護士は、事務職員、司法修習生その他の自らの職務に関与させた者が、その者の業務に関し違法若しくは不当な行為に及び、又はその法律事務所の業務に関して知り得た秘密を漏らし、若しくは利用することのないように指導及び監督をしなければならない。
ここでも「漏らし、若しくは利用することのないように」と23条と同じ二本立てです。事務職員やパラリーガルが個人アカウントのAIに事件記録を貼り付ける行為は、この指導監督義務の射程に入ります。ルールを文書化し、周知し、遵守状況を確認する作業は、この条文に紐づけて説明できます。
AIの会話履歴は「事件記録」として管理対象になり得る(規程18条)
規程18条は「弁護士は、事件記録を保管し、又は廃棄するに際しては、秘密及びプライバシーに関する情報が漏れないように注意しなければならない」と定めます。チャット履歴には事件の事実関係や依頼者の意向が濃縮された形で残ります。紙のファイルは施錠して保管し廃棄はシュレッダーにかけているのに、AIの会話履歴は誰のアカウントに何年分あるか把握していない ─ という状態は、18条の趣旨と整合しません。保存期間・保存場所・削除方法をAIについても決める必要があります。
そもそも規程のどこが「義務」でどこが「努力目標」か
規程82条2項は、努力目標・行動指針として解釈すべき条文を限定列挙しています(第1章、20〜22条、26条、33条、37条2項、46〜48条、50条、55条、59条、61条、68条、70条、73条、74条)。
ここに18条・19条・23条・27条・28条は含まれていません。守秘義務・利益相反・指導監督・記録管理は、努力目標ではなく規律として読むべき条文だということです。一方で共同事務所の事件情報の記録(59条)は努力目標側です。この線引きが、事務所内規程を「必ず守る事項」と「努めるべき事項」に分けて書くときの根拠になります。
事務所内規程に落とし込む|7つのチェック項目
条文と文書を、実際に配れる事務所内ルールへ変換します。以下の7項目をA4で1〜2枚に収める分量で文書化するのが現実的です。
# | チェック項目 | 決めること | 根拠として書ける条文・文書 |
|---|---|---|---|
1 | 入力してよい情報の線引き | 依頼者名・事件番号・当事者の属性・生の証拠をどう扱うか。仮名化の要否 | 職務基本規程23条/弁護士法23条 |
2 | 利益相反への配慮 | 依頼者ごとの作業環境の分離、共有プロジェクトの禁止範囲 | 弁護士法25条/規程27条・28条・59条 |
3 | 使用してよいサービスと設定 | 承認済みサービスの一覧化、学習利用オフの確認、個人プラン利用の可否 | 東京弁護士会ガイドラインの選定5要件(所属会の文書に置き換え) |
4 | 成果物の検証責任 | 弁護士が自ら精査し必要に応じ修正する ─ を明記。条文・判例は一次ソースで突合 | 法務省ガイドライン第4項 |
5 | 事務職員・修習生への周知 | 誰に配るか、いつ再周知するか、違反時の報告経路 | 職務基本規程19条 |
6 | 記録の残し方 | 会話履歴の保存期間・保存場所・削除手順。アカウント棚卸しの頻度 | 職務基本規程18条 |
7 | 見直しの周期 | 年1回以上の改訂、所属会・法務省の公表物の確認担当者 | 制度が改訂検討中であること(後述) |
「入力してよい情報」は、誰が判断するかまで書く
多くの事務所ルールは「機密情報は入力しない」で止まり、運用できません。現場で迷うのは「相手方から届いた通知書の本文を、当事者名を伏せて貼り付けてよいか」といった中間的なケースだからです。
機能させるにはグレーゾーンの判断者を決めることが要点です。「判断に迷う情報は担当弁護士の事前承認を得る」と一行入れるだけで、事務職員が独断で判断する状況を防げます。マスキングや設定面の手順はChatGPTの情報漏洩対策を7手順で整理した記事で扱っています。
最終責任者を、法務省ガイドラインの文言で固定する
検証責任の条項は「AIの出力は参考情報にすぎない」といった曖昧な書き方より、公的文書の言い回しに寄せたほうが強くなります。「生成AIを利用した成果物は、担当弁護士が自ら精査し、必要に応じて自ら修正を行ったうえでなければ、依頼者・相手方・裁判所に提出してはならない」と書けば、法務省ガイドライン第4項(1)の枠組みと整合し、誰の目を通れば外に出せるのかが一文で確定します。
AIが実在しない判例や条文を生成する問題は、検証工程の設計そのものが論点です。突合の手順は判例検索AIの使いどころと架空判例への対処をまとめた記事に整理しているので、規程では「別に定める検証手順による」と参照させる形が扱いやすいでしょう。
ツール選定の基準は、規程本文ではなく別紙にする
サービスの仕様は頻繁に変わります。規程本文にサービス名や設定手順を書き込むと改訂のたびに規程を直すことになり、結局更新されなくなります。「承認済みサービス一覧」を別紙にし、そちらだけを随時更新する構成が保守しやすい形です。選定の観点は弁護士のAIツールを7つの選定基準で比較した記事で扱っているので、別紙の様式はそこから起こすのが早道です。同一サービスでも個人向けプランと組織向けプランでデータの取り扱いが異なる場合がある点は、別紙に注記しておくと事故を防げます。
制度は動いている最中|見直しの周期を規程に書き込む
ここまでの整理は現時点で確認できる文書に基づくものです。重要なのはこの領域の制度がまだ固まっていないという事実です。法務省大臣官房司法法制部は、2026年1月9日の規制改革推進会議AIワーキング・グループに提出した資料「弁護士法72条とAIリーガルテックサービス」で、2023年8月のガイドラインについて次の趣旨の課題認識を示しています(内閣府・規制改革推進会議 資料5)。
- 新たなサービスの開発・提供につき弁護士法72条との関係性が不明確であるとして、再整理を求める声がある
- ガイドラインの公表が、かえってリーガルテックサービスの開発・提供を萎縮させている可能性もある
- 現状のガイドラインの改定(類型提示型)には一定の限界があり、すぐに陳腐化してしまう
- ハードローとソフトローそれぞれのメリット・デメリットを意識した段階的課題解決を目指し、具体的な方策の検討が必要
所管省庁自身が再整理の必要を述べている状況です。したがって規程には改訂の周期と担当者を明記しておくことをおすすめします。「毎年◯月に、所属弁護士会の会員サイトおよび法務省の公表資料を確認し、必要に応じて改訂する。担当は◯◯とする」と一行入れておけば、規程が古びたまま放置される事態を避けられます。規程のドラフトやチェックにAIを使う手順は就業規則・社内規程のドラフトとチェックをAIで行う記事で扱っており、事務所内のAI利用規程も同じ考え方で組み立てられます。
依頼者への説明と同意はどこまで必要か
明文の規定は確認できない ─ だからこそ方針を決めておく
「生成AIを使うことを依頼者に伝えなければならないか」は、事務所から最もよく出る問いです。率直に書くと、弁護士法にも職務基本規程にも、AI利用の告知や同意取得を明文で義務づけた規定は確認できません。断定的に「説明義務がある」「不要である」と書く解説を見かけますが、条文上の根拠は見当たらないというのが原文にあたった結果です。
関連するのは規程29条1項で、受任にあたり「事件の見通し、処理の方法並びに弁護士報酬及び費用について、適切な説明をしなければならない」と定めています。AI利用が「処理の方法」に含まれると読むかどうかが解釈上の分かれ目ですが、これは会規の解釈問題であり、所属会や日弁連の見解を確認すべき領域です。
実務的な落としどころは「方針を決めて統一する」
明文がない以上、現実的な対応は次の3つです。どれを採るにせよ所内で対応がばらつかないよう明文化しておくことが要点です。
- 包括的に記載する:委任契約書や重要事項説明に、AIを補助的に利用すること・最終的な判断と責任は弁護士が負うことを一項目として入れる
- 個別に確認する:外部サービスへの情報入力に敏感な業種・事件だけ事前に確認する
- 入力設計で回避する:依頼者を特定できる情報を入力しない運用に徹し、告知の要否という論点自体を生じさせない
実務では3つ目を基本にしつつ1つ目を併用する形が扱いやすいはずです。依頼者から先に「AIは使っていますか」と聞かれる場面は今後増えます。そのとき「使っています。ただし出力は必ず弁護士が精査し、修正したうえでお渡ししています」と即答できる状態にしておくことが、信頼につながります。
まとめ|「文書を待つ」から「自分の事務所で決める」へ
- 「適正利用ガイドライン」は東京弁護士会のもの(2025年3月27日施行)。日弁連からは2025年9月にAI戦略WGの「注意事項」が会内資料として出ている。いずれも本文は会員限定
- これらは推奨事項。実際に弁護士を縛るのは弁護士法と職務基本規程で、規程23条の「漏らし、又は利用してはならない」、19条の指導監督義務、18条の記録管理が要
- 利益相反の根拠は弁護士法25条と規程27条・28条。弁護士法27条・28条は別内容なので混同しない
- 検証責任は法務省ガイドライン第4項の「自ら精査し、必要に応じて自ら修正を行う」に寄せて書く
- 依頼者への説明義務は明文が確認できない。だからこそ事務所として方針を決め、統一する
- 法務省自身が再整理の必要を示している。規程に年1回の見直しを組み込む
新しい文書を待っていても事務所の運用は決まりません。既存の義務規定を出発点に、7項目を自分の事務所の言葉で書き切ることが、いちばん確実な備えになります。
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