法務×AI

就業規則・社内規程のドラフトとチェックをAIで|法務・人事の実務手順とプロンプト

結論:AIは就業規則の「たたき台作成」と「チェック」を加速するが、最終確認は専門家が担う

就業規則や社内規程のドラフト・改定・チェックは、AIを使うことで作業時間を大幅に短縮できます。条文の構成案、記載漏れの洗い出し、用語の統一、規程同士の矛盾の検出といった「下ごしらえ」は、生成AIが得意とする領域です。一方で、就業規則は法的拘束力を持つ文書であり、誤りがあれば労働基準監督署の是正勧告や紛争に直結します。

そのため実務では、AIで草案と論点を素早く整理し、社会保険労務士や弁護士が最終的に内容と手続きを確認するという分業が現実的です。本記事では、法務・人事が今日から使える規程別プロンプト、チェックリスト、そして見落としがちな落とし穴を、厚生労働省・e-Govの一次情報に沿って解説します。

なお、就業規則の作成は社会保険労務士の独占業務(2号業務)に該当する領域です。AIや自社担当者がたたき台を整えること自体は問題ありませんが、正式な作成・届出の代行は有資格者の関与が前提になる点を、最初に押さえておきましょう。

この記事で分かること

  • 就業規則の作成・届出義務と記載事項(労基法の一次情報ベース)
  • AIに任せてよい工程と、人・専門家が担うべき工程の線引き
  • 規程別(就業規則本体・賃金規程・育児介護休業規程など)の実例プロンプト
  • AI出力をそのまま使わないための具体的チェックリスト
  • AI生成規程で起きやすい落とし穴と回避策

前提:就業規則の作成・届出義務と記載事項を正しく理解する

AIを使う前に、就業規則が満たすべき法的要件を把握しておく必要があります。要件を知らないままAIに丸投げすると、出力が法令に適合しているかを判断できないためです。

常時10人以上で作成・届出が義務に

労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者を使用する事業場は、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署長に届け出る義務があります。この「10人」にはパートタイム労働者やアルバイトも含まれます。10人未満であっても、労使トラブルの予防の観点から作成しておくことが望ましいとされています。

絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項

就業規則には、必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」と、定めをする場合に記載が必要となる「相対的必要記載事項」があります。AIに構成案を作らせる際は、この区分を前提条件として与えると精度が上がります。

区分

主な内容

絶対的必要記載事項

① 始業・終業の時刻、休憩時間、休日、休暇、交替制の場合の就業時転換に関する事項
② 賃金の決定・計算・支払の方法、賃金の締切り・支払の時期、昇給に関する事項
③ 退職に関する事項(解雇の事由を含む)

相対的必要記載事項

退職手当、臨時の賃金(賞与)、最低賃金額、食費・作業用品などの負担、安全衛生、職業訓練、災害補償・業務外の傷病扶助、表彰・制裁、その事業場の労働者すべてに適用される定め など

正確な条文はe-Gov法令検索の労働基準法で確認できます。記載事項の整理にあたっては、厚生労働省が公開するモデル就業規則(令和7年12月版が最新)が実務上のたたき台として広く使われています。

意見聴取と周知の手続きも忘れずに

就業規則は中身だけでなく、手続きも法定されています。労働基準法第90条では、作成・変更にあたり、労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は労働者の過半数を代表する者)の意見を聴くことが義務付けられています。ここで求められるのは「意見聴取」であり、同意までは要件ではありません。

さらに労働基準法第106条により、作成した就業規則は労働者へ周知する義務があります。周知の方法は、各作業場の見やすい場所への掲示・備付け、書面の交付、または電子データを常時確認できる機器の設置のいずれかです。AIは文書は作れても、この意見聴取・届出・周知という手続き自体は実行できません。ここは人の作業として必ず残ります。

AIに任せてよい工程と、人が担う工程の線引き

AI活用で失敗する最大の原因は、任せる範囲を誤ることです。生成AIは「文章生成」には強い一方、最新法改正の正確な反映や自社固有の運用判断は不得意です。工程ごとに役割を分けましょう。

AIが得意な工程

  • 規程の構成案・目次案の作成
  • 条文の文案・たたき台の生成、平易な言い換え
  • 複数規程間の用語不統一・矛盾箇所の洗い出し
  • 記載漏れ(絶対的必要記載事項の抜け)の指摘
  • 長文の規程要約、改定前後の差分の説明文作成

人・専門家が担うべき工程

  • 最新の法改正が正しく反映されているかの最終判断
  • 自社の労務実態・運用との整合性の確認
  • 労使協定や個別契約との連動チェック
  • 労働者代表からの意見聴取、労基署への届出、周知の実施
  • 解雇・懲戒・不利益変更など紛争リスクの高い条項の妥当性判断

実務では、AIに「自分は最終決定者ではなく草案作成の補助である」という役割を明示させると、過度に断定的な出力を抑えられます。条文リサーチや規程レビューを業務文書に特化したAIで行う場合の進め方は、法務AIの活用ガイドもあわせて参考にしてください。

規程別・実例プロンプト集

ここからは、コピーして使えるプロンプトを規程別に紹介します。いずれも「自社の実態を入力する」「出力は草案として扱う」ことが前提です。社名・人数・業種などの前提を具体的に与えるほど、汎用的すぎない実用的な草案になります。

就業規則本体のたたき台を作る

あなたは日本の労働法務に詳しいアシスタントです。最終決定は社労士・弁護士が行う前提で、就業規則の「草案」を作成してください。

# 前提
- 業種:(例)ITサービス業
- 常時使用する労働者数:(例)25名(うちパート5名)
- 所定労働時間:1日8時間・週40時間、完全週休2日制
- 特記事項:フレックスタイム制を導入予定

# 依頼
1. 労働基準法第89条の絶対的必要記載事項を満たす章立て(目次)を提案
2. 各章の条文の草案を作成
3. 自社情報が不足していて確定できない箇所は[要確認:理由]と明記
4. 相対的必要記載事項のうち、検討した方がよい項目を理由つきで列挙

賃金規程・賞与/退職金規程をドラフトする

# 依頼
当社の賃金規程の草案を作成してください。
- 賃金構成:基本給+役職手当+通勤手当
- 締日:月末締め/支払日:翌月25日
- 昇給:年1回(4月)/賞与:年2回(業績連動、支給有無は会社が定める)

条件:
- 絶対的必要記載事項(賃金の決定・計算・支払方法、締切・支払時期、昇給)を必ず含める
- 賞与・退職手当は「定める場合は記載が必要な相対的事項」である点を踏まえ、支給を義務化しない表現にする
- 確定できない数値は[要確認]とし、勝手に金額を創作しない

賃金や退職金の数値をAIが「それらしく」創作してしまうのは典型的な事故です。金額・率・日付は必ず自社の確定値に置き換え、空欄は[要確認]のまま専門家に渡す運用が安全です。

育児介護休業規程など改正の多い規程を扱う

# 依頼
育児・介護休業に関する社内規程の構成案(章立て)と、各項目で「自社が決める必要がある論点」を整理してください。

注意:
- 育児・介護休業関連は法改正が頻繁なため、条文の具体的な日数・要件は断定せず、
  「最新の法令・指針で要確認」と明記すること
- 規程に盛り込むべき項目の抜け漏れチェックに用途を限定する

育児・介護休業や高年齢者雇用など改正頻度の高い分野では、AIの知識が最新でない可能性があります。具体的な日数や要件をAIに断定させず、論点出しと構成チェックに用途を絞るのが鉄則です。確定情報は厚生労働省の最新資料で裏取りしてください。

e-Gov法令データ等の公的情報を参照する法務特化AI のデモです。

士業AIの法務AIは、契約書・社内規程のレビューや条文リサーチを日本語の業務文書に特化してチューニングしており、上記のような「草案づくり」「記載漏れの洗い出し」「規程間の矛盾チェック」に向いています。無料で利用を開始でき、機微な労務情報を扱う前提での業務適合性を確かめながら導入できます。

AI出力をそのまま使わないためのチェックリスト

AIが生成した規程は「8割の下書き」と捉え、必ず人の目で検証します。以下のチェックリストを、AI出力を受け取った直後のレビュー手順として使ってください。

法令適合・記載事項のチェック

  • 絶対的必要記載事項(労働時間関係・賃金関係・退職関係)がすべて入っているか
  • 定めている制度(賞与・退職金・懲戒など)が相対的必要記載事項として漏れなく記載されているか
  • 法律名・条番号・制度名が古い名称や誤った番号になっていないか
  • 具体的な日数・金額・率がAIの創作値でなく、自社の確定値に置き換わっているか

整合性・運用のチェック

  • 就業規則本体と各別規程(賃金・育児介護など)で用語や条件が矛盾していないか
  • 労使協定(36協定・フレックス等)と規程の内容が連動しているか
  • 自社の実際の運用と乖離していないか(運用していない制度を書いていないか)
  • 意見聴取・届出・周知の手続きを行う段取りが計画されているか

このうち法律名・条番号・制度名の検証は、条文リサーチに強いAIで一次ソースを引きながら進めると効率的です。検索・確認のコツは、条文・判例リサーチをAIで行う方法で具体的に解説しています。

AI生成規程で起きやすい落とし穴と回避策

最後に、現場でつまずきやすいポイントを挙げます。事前に知っておくだけで、手戻りと法的リスクを大きく減らせます。

落とし穴1:もっともらしい誤り(ハルシネーション)

生成AIは、存在しない条番号や不正確な日数を「自信ありげに」出力することがあります。条文・数値・固有名詞は、必ずe-Govの労働基準法や厚生労働省の一次資料で裏取りしましょう。AIの出力に対して「その根拠条文を示して」と問い返すのも有効です。

落とし穴2:法改正への未追従

労働関連法は改正が多く、AIの学習時点によっては最新改正を反映していないことがあります。育児・介護休業、高年齢者雇用、ハラスメント対応などは特に変化が早い分野です。改正部分は厚生労働省の最新モデル就業規則や通達で必ず確認してください。

落とし穴3:自社の実態と乖離した「テンプレ就業規則」

AIは一般論を出すのが得意なため、自社で運用していない制度や、過剰に厳格な懲戒条項を盛り込むことがあります。書いてあるのに運用していない規程は、かえって紛争時に不利に働きます。「自社が本当に運用する内容か」を一条ずつ確認することが重要です。

落とし穴4:機微情報の取り扱いと専門家確認の省略

就業規則の検討では、賃金・人事評価など機微な情報を扱います。利用するAIの情報管理方針を確認し、入力する情報の範囲を社内で決めておきましょう。そして繰り返しになりますが、最終的な内容確認・届出・周知は社会保険労務士や弁護士など有資格者の関与のもとで行うのが安全です。契約書・規程レビューの考え方はAI契約書レビューの比較記事、文書ドラフトの応用は通知書をAIでドラフトする手順も参考になります。

まとめ:AIで「速く」、専門家で「確実に」

就業規則・社内規程の作成と改定は、AIを使えば構成案・草案・チェックの工程を大幅に効率化できます。ポイントは、AIに任せる工程(たたき台・記載漏れ・矛盾検出)と、人が担う工程(最新法令の判断・意見聴取・届出・周知・最終確認)を明確に分けることです。

規程別のプロンプトとチェックリストを使い、条文・数値は必ず厚生労働省やe-Govの一次情報で裏取りし、仕上げは社会保険労務士・弁護士に委ねる。この分業が、スピードと安全性を両立させる現実的な進め方です。まずは草案づくりや記載漏れの洗い出しから、日本語の業務文書に特化したAIで試してみてください。

参考文献(一次ソース)

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