相続放棄の手続きを自分でやる方法|期限・費用・必要書類【2026年】
身近な方が亡くなり、借金や連帯保証の話が出てきたとき、多くの方が次に思うのが「相続放棄は自分でできるのか」だと思います。結論から書くと、相続放棄は家庭裁判所に出す申立ての中ではやさしい部類で、条件がそろえばご自身で進められます。実費も、申述する方1人あたり収入印紙800円分と、連絡用の郵便切手代が中心です。
ただし、やさしいのは「書類を出すこと」であって「間違えないこと」ではありません。期限をどこから数えるか、どの戸籍が必要か、決まるまでの間に何をしてはいけないか。ここを外すと取り返しがつきません。この記事は、そのつまずきやすい所だけを生活の言葉で並べたものです。
なお本記事は相続放棄の入り口をまとめたハブです。申述書(家庭裁判所に出す申立ての書面)の欄ごとの書き方は相続放棄申述書の書き方と記入例、すでに3か月を過ぎた方の対処は相続放棄の期限が過ぎた後の対処に譲り、ここでは自分で全部やる人の段取りに絞ります。
相続放棄を自分でやる前に確かめる3つのこと
書類を書き始める前に、次の3つだけ先に確かめてください。ここが決まらないと途中で必ず止まります。
- 1. 亡くなった方の最後の住所地はどこか。 申立ての提出先は、亡くなった方(被相続人)の最後の住所地を受け持つ家庭裁判所です。あなたの住まいの裁判所ではありません。
- 2. あなたは「いつ」知ったのか。 期限は亡くなった日からではなく、知った時から3か月です。
- 3. あなたは何番目の立場か。 配偶者か、子・孫か、父母・祖父母か、兄弟姉妹・おいめいか。これで集める戸籍が数通から十数通まで変わり、自分でやれるかの分かれ目もほぼここで決まります。
相続人が選べる道は3つ。全部引き継ぐ「単純承認」、プラスの財産の範囲でだけ借金を引き継ぐ「限定承認」、初めから相続人でなかったことにする「相続放棄」です。このうち放棄と限定承認は、家庭裁判所に申述(もうしのべ、正式に申し出ること)しなければ効力がありません。親族間で「放棄する」と言っただけ、遺産分割で「何もいらない」と書いただけでは法律上の相続放棄になりません。借金の請求は止まりません。
この記事で分かることは次のとおりです。
- 提出までの7つのステップと、それぞれの時間の目安
- 期限の数え始めと、間に合わないときに延ばしてもらう方法
- 自分でやる場合に実際に出ていくお金
- 立場ごとに変わる、必要な戸籍のリスト
- 放棄できなくなる「やってはいけない行為」
- 提出後の流れと、債権者(お金を貸していた側)への連絡
- 放棄後に残る手続きと、残らない手続きの線引き
相続放棄を自分でやる全体の流れ|7つのステップ
ステップ | やること | 目安の時間 |
|---|---|---|
1. 立場の確認 | 自分が何番目の相続人かを整理し、先に放棄した親族がいないか確認する | 半日 |
2. 期限の確認 | 亡くなったことと自分が相続人だと知った日を特定し、3か月後をカレンダーに書く | 1時間 |
3. 提出先の確認 | 最後の住所地の家庭裁判所を裁判所サイトで調べ、郵便料の案内も同時に見る | 1時間 |
4. 戸籍などの収集 | 住民票除票または戸籍附票、自分の戸籍謄本、立場に応じた被相続人の戸籍を集める | 数日〜3週間 |
5. 申述書の作成 | 裁判所の書式をダウンロードし、記載例を見ながら書く | 1〜2時間 |
6. 提出 | 収入印紙800円分を貼り、郵便料を添えて持参または郵送する | 半日 |
7. 照会への回答と受理 | 家庭裁判所から意思確認の書面が届いたら返送し、受理の通知を受け取る | 数週間 |
この7つで時間が読めないのは4番の戸籍集めだけです。裏を返せば、戸籍の見通しが立てば自分でやり切れるかはほぼ判断できます。5番は裁判所が書式と記載例を公開しているので、書き写す作業に近いものです。
期限は「亡くなった日」ではなく「知った時」から3か月
民法915条1項は「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない」と定めます。これが熟慮期間(じゅくりょきかん。相続するかしないかを決めるための3か月の考える期間)です。
大事なのは起算点です。裁判所の家事事件Q&Aは、申述は「相続開始の原因たる事実(被相続人が亡くなったこと)及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知ったときから3か月以内」に行うと説明しています。亡くなった事実と、自分が相続人になった事実の両方を知って、はじめて時計が動きます。
これが効くのが、先の順位の方の放棄で順番が回ってきたケースです。お子さん全員が放棄すると次は父母、それも亡くなっていれば兄弟姉妹へ移ります。兄弟姉妹の方は、死亡自体は前から知っていても、「自分が相続人になった」と知るのはその放棄を知らされた時点です。葬儀から半年経っていても3か月がこれから始まることは普通に起こります。
また民法916条は、相続人が承認も放棄もしないで死亡したときは、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算すると定めます。相続が二重に重なっても、いきなり期限切れにはなりません。
なお915条2項は「相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる」としています。3か月は待つ期間ではなく調べるための期間です。通帳、郵便物、ローン明細、督促状を洗い出す前提になっています(相続財産目録の作り方も参考になります)。
3か月で足りないときは期間を延ばしてもらえる
3か月で調べ切れないことは珍しくありません。そのために「相続の承認又は放棄の期間の伸長の申立て」があります。3か月以内に相続財産の状況を調査してもなお判断する資料が得られないとき、家庭裁判所が期間を伸ばせる仕組みで、915条1項ただし書きにも根拠があります。
要点は、これも3か月以内に申し立てることです。期限が来てから頼むのではなく、来る前に「まだ判断できない」と申し出ます。調査が難航しそうなら2か月目に入った時点で申述先の家庭裁判所に相談してください。どれだけ延ばせるか、何を求められるかは事案ごとに違います。
3か月を過ぎてしまった場合
過ぎていても直ちに諦める必要はありません。家事事件Q&Aは、相続財産が全くないと信じ、かつそう信じたことに相当な理由があるときなどは、相続財産の全部または一部の存在を認識したときから3か月以内に申述すれば受理されることもある、と説明しています。音信不通だった親族の督促状が突然届いた、という場面です。ただし、なぜ知らなかったのか・いつ知ったのかの説明が要り、準備は重くなります。詳しくは相続放棄の期限が過ぎた後の対処をご覧ください。自分だけで進めるより専門家に相談したほうがよい類型です。
費用はいくらかかるのか|自分でやる場合の実費
費目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
収入印紙 | 800円分 | 申述人1人につき。3人で放棄するなら3人分 |
連絡用の郵便切手 | 裁判所ごとに異なる | 申述先の家庭裁判所のサイトで確認。保管金として電子納付することもでき、郵便切手による納付も可能 |
戸籍・除籍・改製原戸籍の謄本 | 市区町村の定めによる | 立場によって通数が大きく変わる |
住民票除票または戸籍附票 | 市区町村の定めによる | 立場を問わず必要 |
郵送・交通費 | 実費 | 郵送請求では返信用封筒と定額小為替の手数料も |
注目していただきたいのは、郵便切手の欄に金額が書けないことです。裁判所の案内は、郵便料は裁判所ごとに異なるため申述先の裁判所のサイトで確認するよう求めています(各地の裁判所のページでは「家庭裁判所」のボタンを選びます)。ネット上には具体的な金額を書いた記事が多くありますが、それはどこかの裁判所の例にすぎません。金額は必ず、出す先の裁判所の案内で確かめる。これが自分でやるときの最初の作法です。
戸籍の手数料も市区町村が定め、通数も立場で変わるため一律には言えません。配偶者やお子さんなら数通、兄弟姉妹だと十数通に及ぶこともあり、費用差はここから生まれます。
受理証明書をもらうときに追加でかかるお金
受理されると家庭裁判所から受理の通知が届きますが、これとは別に「相続放棄申述受理証明書」が必要になる場面があります。金融機関、他の相続人、不動産の登記手続きなどで求められる書類です。
家事事件Q&Aによれば、申請書に必要事項を記入し、150円分の収入印紙と、郵送の場合は返信用の郵便切手を添えて、受理をした家庭裁判所に申請します。申請書は裁判所サイトの「書類交付申請書」を使います。窓口へ行くときは、印鑑と、受理通知書や運転免許証など本人を確認できるものを持参してください。提出先ごとに原本を求められることがあるので、必要枚数を先に聞いてまとめて申請すると手間が少なくて済みます。
必要書類は「あなたが誰か」で変わる|立場別の戸籍リスト
ここが本記事の中心です。必要書類は「申述書」と「標準的な申立添付書類」の2本立てですが、後者の中身が立場でまったく違います。まず立場を問わず共通なのが、被相続人の住民票除票または戸籍附票と申述人(放棄する方)の戸籍謄本の2点です。戸籍の謄本は「全部事項証明書」という名称で呼ばれる場合があります。窓口で通じなければこの言い方を使ってください。
あなたの立場 | 共通2点に加えて必要なもの | 集める手間 |
|---|---|---|
配偶者 | 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本 | 軽い |
子・孫など(第一順位) | 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本。孫・ひ孫などの代襲相続人なら、本来の相続人(被代襲者)の死亡の記載のある戸籍謄本も | 軽い〜中 |
父母・祖父母など(第二順位) | 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本。被相続人の子(およびその代襲者)で亡くなった方がいれば、その方の出生から死亡までのすべての戸籍謄本。相続人より下の代の直系尊属で亡くなった方がいれば、その方の死亡の記載のある戸籍謄本 | 重い |
兄弟姉妹・おい・めい(第三順位) | 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本。被相続人の子(およびその代襲者)で亡くなった方がいれば、その方の出生から死亡までのすべての戸籍謄本。被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍謄本。おい・めいの代襲相続人なら被代襲者の死亡の記載のある戸籍謄本も | 最も重い。十数通になることも |
第二・第三順位の方に救いになる決まりがあります。先順位の相続人などからすでに提出されている書類は添付不要で、同じ書類は1通で足ります。同じ被相続人について期間伸長事件や相続放棄申述受理事件が先行していれば、その事件で提出済みのものも不要です。お子さんたちが先に放棄していて出生から死亡までの戸籍が同じ家庭裁判所に出ていれば、兄弟姉妹の立場のあなたは集め直さずに済む可能性があります。親族の誰が、いつ、どの家庭裁判所に出したかを先に確認するだけで、作業量が何分の一かになることがあります。
また、戸籍等に代えて「法定相続情報一覧図の写し」を提出できる場合があります。使えるかは申述する家庭裁判所に確認してください(作り方は法定相続情報一覧図の作り方)。なお、審理のために必要な場合は上記以外の書類を求められることがあります。
戸籍の広域交付が使える人・使えない人
戸籍法120条の2は、戸籍がコンピュータ化(磁気ディスクで調製)されているとき、戸籍法10条1項の請求を「指定市町村長のうちいずれかの者」に対してもすることができると定めます。これが広域交付で、本籍地が遠方でも最寄りの市区町村の窓口でまとめて請求できます。出生から死亡までを集める方には大きな助けです。
ただし条文からはっきり言える3つの限界があります。
- 使える人が限られる。 対象は10条1項の請求で、同項は戸籍に記載されている本人のほか配偶者・直系尊属(父母や祖父母)・直系卑属(子や孫)が請求できると定めます。裏返すと兄弟姉妹やおい・めいは、被相続人の戸籍を広域交付では請求できません。一番戸籍集めが重い立場が、一番この仕組みを使えないのです。この場合は10条の2による請求(自己の権利行使のために必要である等の理由を明らかにして請求する方法)や、本籍地への郵送請求で集めます。
- 郵送では使えない。 120条の2第2項は、広域交付には10条3項(郵便などによる送付の請求)を適用しないとしています。窓口に行く前提です。
- 代理では使えない。 同項は「現に請求の任に当たつている者」を「当該請求をする者」と読み替えるとしており、請求する本人が窓口に立つ前提です。
加えて、条文が「磁気ディスクをもつて調製されているとき」を前提とするとおり、コンピュータ化されていない古い戸籍は対象外です。出生まで遡ると手書きの改製原戸籍にぶつかることがあり、その分は本籍地へ個別に請求します。窓口の取扱い・持ち物・手数料は市区町村ごとに異なるので、行く前に確認してください。なお弁護士・司法書士・税理士などの資格者には別枠の請求の道があり、依頼すると戸籍集めが速いのはこの違いが大きいです。
戸籍が間に合わないときは後から出せる
戸籍集めが終わらないうちに3か月が近づく。よくある事態です。ここで裁判所の案内は「申述前に入手が不可能な戸籍等がある場合は、申述後に追加提出することでも差し支えない」としています。そろうのを待って期限を超えるより、そろっている分で先に申述するほうがよいということです。提出時に「この戸籍は取り寄せ中です」と一言添えておくと、その後のやり取りがスムーズです。
やってはいけないこと|「相続を承知した」とみなされる行為
最も注意が必要なのがここです。民法921条は、一定の行為があると法定単純承認(ほうていたんじゅんしょうにん。法律上、相続を全部そのまま引き受けたものとして扱われること)になると定めます。一度当たると、もう放棄はできません。
- 相続財産の全部または一部を処分したとき(1号)。ただし保存行為と、民法602条に定める期間を超えない賃貸は除かれます。
- 3か月の期間内に限定承認も相続放棄もしなかったとき(2号)。何もしないまま期限が過ぎることも承認と同じ扱いです。
- 限定承認や放棄をした後であっても、相続財産を隠したり、勝手に消費したり、悪意で財産目録に記載しなかったとき(3号)。ただし、その相続人が放棄したことで相続人となった方が承認した後は、この限りではありません。
日常で一番こわいのが1号の「処分」です。亡くなった方のお金や物を自分のものとして動かす行為が広く含まれ得ます。預金を引き出して使う、車や貴金属を売る、賃貸物件を解約して敷金を受け取る。「葬儀費用に充てるつもりだった」という善意でも、後から争いになりやすい行為です。放棄をするかもしれない間は、亡くなった方の財産に手をつけない。これを原則にしてください。
3号にも目を留めてください。放棄をした後であっても、隠したり勝手に使えば単純承認として扱われます。「受理されたからもう何をしてもいい」ではありません。受理の前も後も、亡くなった方の財産は自分のものではない、という線を守ります。
例外の保存行為は財産の価値を維持するための行為ですが、目の前の行為がその範囲に収まるかは事情で評価が分かれます。迷ったらやる前に申述先の家庭裁判所や専門家に確認してください。「やってしまってから聞く」ではなく「やる前に聞く」。この順番だけで守れるものが変わります。
提出した後の流れ|照会書・受理の通知・受理証明書
提出したその場で結論が出るわけではありません。多くの場合、家庭裁判所から本人の意思を確認する書面(照会書)が郵送で届きます。本当に本人の意思か、財産に手をつけていないかを確かめるものです。よく読み、正直に記入して返送してください。事実と違うことを書くと後で大きな問題になります。返送の期限や様式は事案や裁判所で異なるので、届いた書面の案内に従い、分からない点はその書面の連絡先に問い合わせるのが確実です。
問題がなければ受理され、受理の通知が届きます。ここで民法939条により「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」効果が生じます。最初から相続人でなかった扱いなので、借金も財産も引き継ぎません。
なお、申述人が未成年者や成年被後見人の場合は法定代理人が代理して申述します。未成年者と法定代理人がともに相続人で未成年者についてだけ申述するとき(法定代理人が先に申述している場合を除く)や、複数の未成年者の法定代理人が一部の未成年者だけを代理して申述するときは、その未成年者について特別代理人の選任が必要です。お子さんの分も一緒に放棄するご家庭は、早めに家庭裁判所に確認してください。
債権者への連絡は自分でやる必要がある
見落とされやすい点です。家庭裁判所は、受理されたことを債権者に知らせてくれません。家事事件Q&Aも、債権者から債務の請求をされている場合には、家庭裁判所で相続放棄の申述が受理されたことを債権者に連絡するのがよい、と述べています。放っておけば請求書や電話は届き続けます。
督促が来ている相手(金融機関、信販会社、家賃の請求元、病院、公共料金など)を一覧にして連絡します。多くは受理を裏づける書類の提示を求められるので、受理証明書を用意しておくと早く進みます。文面は、誰の相続について、いつ、どの家庭裁判所で受理されたかが分かる短いもので足り、支払わない理由の弁明は不要です。
家にある遺品や不動産の扱い
民法940条1項は、放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人または相続財産の清算人に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存しなければならないと定めます。放棄したら何もしなくていい、ではないのです。
ただし2つの限定があります。対象は「放棄の時に現に占有している財産」に限られ、どこかにある知らない不動産まで面倒を見る話ではありません。そして「引き渡すまでの間」の保存義務で、次に相続人になる方や相続財産の清算人に引き渡せば終わります。家事事件Q&Aも、財産を管理している場合は相続人に引き継ぐことになると説明しています。
よくあるのは同居していたご家族のケースです。家財が手元にあるので保存義務の対象になり得ます。勝手に処分すれば921条の「処分」に当たるおそれがあり、放り出せば940条に触れるおそれがあるというはさまれた状況です。取るべき行動は処分でも放置でもなく、現状のまま保ち、次の順位の相続人に連絡して引き渡すことです。引き渡す先がいない場合は相続財産の清算人の選任という道があるので、家庭裁判所に相談してください。
相続放棄をした後に残る手続・残らない手続
受理されても、相続にまつわる手続きがすべて消えるわけではありません。ここを整理すると、無駄な作業とやり忘れの両方を防げます(全体の並びは相続手続きの期限一覧)。
相続登記(自分でやるかどうかの分かれ目)
不動産登記法76条の2第1項は、所有権の登記名義人について相続が開始したとき、その相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ所有権を取得したことを知った日から3年以内に所有権移転の登記を申請しなければならないと定めます。
ここで効くのが民法939条です。放棄した方は初めから相続人でなかったものとみなされ、その相続によって所有権を取得しません。したがってこの3年の義務の名宛人になりません。義務を負うのは実際に所有権を取得した他の相続人です。「放棄したのに登記を放っておいて大丈夫か」という心配は、これで解けます。
逆に、あなたが不動産を引き継ぐ側になれば、この3年は自分のものです。申請書は定型的で自分で作る方もいますが、相続関係が複雑な場合や古い名義のまま放置された不動産があると難易度が上がります。判断材料として相続登記の申請書をAIで作成する実務をご覧ください。
準確定申告をしないとどうなるか
年の途中で亡くなった方は、その年の1月1日から亡くなった日までの所得を申告する準確定申告が必要になる場合があります。国税庁の案内では、相続人(包括受遺者を含む。以下「相続人等」)が相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に申告と納税をします。相続人等が2人以上なら各相続人等が連署により提出しますが、他の相続人等の氏名を付記して各人が別々に提出することもでき、その場合は提出した方が他の相続人等に申告内容を通知しなければなりません。申告書には「死亡した者の所得税及び復興特別所得税の確定申告書付表」を添付し、被相続人の死亡当時の納税地の税務署長に提出します。
ここで最も大事な整理です。相続放棄をした方は相続人ではなくなるため、この「相続人等」から外れます。受理されれば準確定申告の義務を負いません。逆に、放棄するかを決めないまま時間が過ぎると、義務の有無が宙に浮きます。放棄を予定しているなら放置せず、受理されるかどうかを先に決めることが、税の手続きの整理にもつながります。
しなければならないのにしなかった場合は、本来の税金のほかに加算税や延滞税がかかる場合があります。金額や割合は状況で変わるので税務署か税理士に確認してください。なお医療費控除の対象は亡くなった日までに被相続人が支払った医療費で、死亡後に相続人等が支払ったものは含められません。また、確定申告をしなければならない方が翌年1月1日から確定申告期限(原則として翌年3月15日)までに提出しないで亡くなった場合は、前年分・本年分とも「相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内」が期限です。
相続税の計算では「放棄しなかったもの」として数える
相続税の申告は、被相続人が死亡したことを知った日(通常は死亡の日)の翌日から10か月以内で、提出先は被相続人の死亡の時の住所地を所轄する税務署です(相続人の住所地ではありません)。1月6日に亡くなった場合はその年の11月6日が期限で、土日祝にあたるときは翌日が期限になります。
基礎控除額は3,000万円+600万円×法定相続人の数ですが、国税庁は、この法定相続人の数は相続の放棄をした人がいてもその放棄がなかったものとした場合の相続人の数をいうと明記しています。つまり、誰かが放棄しても、そのせいで他の相続人の基礎控除が減ることはありません。「自分が放棄すると家族の税金が増えるのでは」という心配は、この点については不要です。
自分でやる場合と専門家に頼む場合の判断の目安
判断の軸は「戸籍の量」「期限までの残り時間」「事実関係の説明が必要か」の3つです。
状況 | 自分で | 専門家 |
|---|---|---|
配偶者・子で、期限まで2か月以上ある | 向いている。戸籍が少なく書式も公開されている | 必須ではない |
兄弟姉妹・おい・めいの立場 | 時間があればできるが、出生から死亡までの戸籍が重く広域交付も使えない | 検討の価値大。資格者は別枠で戸籍を請求できる |
期限まで残り1か月を切っている | そろっている書類で先に申述する前提なら可能 | 戸籍が未収集なら相談を推奨 |
すでに3か月を過ぎている | 難しい。知った時期の説明が要る | 推奨 |
亡くなった方の財産に手をつけた可能性がある | 自己判断は危険 | 推奨。処分に当たるかの評価が要る |
相続人に未成年者がいる | 特別代理人の要否の判断が入る | 裁判所への確認か相談を推奨 |
事業や連帯保証があり債務の全体像が見えない | 期間伸長の申立てと並行なら可能 | 推奨 |
費用だけ見れば自分でやるほうが安く済みますが、やり直しがきかない手続きです。期限を過ぎた、財産に手をつけた、という事態は後からお金を払っても戻せません。迷う要素が1つでもあるなら、まず申述先の家庭裁判所に電話で聞き、それでも判断がつかなければ専門家に相談する、という順番が現実的です。
AIを下調べに使うときの使いどころと限界
相続の手続きは読む書類も集める書類も多く、言葉づかいも生活から遠いものです。AIを下調べの道具として使えば負担は減りますが、任せてはいけない領域もはっきりしています。
- 戸籍の読み解きの下準備。古い戸籍の続柄や改製の記載が何を意味するかを平たい言葉にしてもらう。
- 必要な戸籍のリスト化。自分の立場と家族関係を伝え、どの戸籍が要りそうかを一覧にして取り寄せの順番を考える。
- 届いた書面の言い換え。家庭裁判所からの書面や案内を日常の言葉に直してもらう。
- 債権者への連絡文のたたき台。短い文面の下書きを作り、自分で事実を確かめてから使う。
反対に任せてはいけないのは、期限の起算日を断定させること、必要書類を最終的に決めさせること、放棄すべきかどうかを判断させることの3つです。いずれもあなたの事情と申述先の家庭裁判所の運用に左右されます。
この記事を書く過程でも実例がありました。連絡用の郵便切手の金額です。裁判所の案内は「郵便料は裁判所ごとに異なる」として申述先のサイトで確認するよう求めており、全国共通の正解が存在しません。ところが、こうした問いをAIに投げると、どこかで見た一例を全国共通の金額のように答えてしまうことがあります。一律の答えが無い問いに、AIは一律の答えを返してしまう。これが相続手続きでAIを使うときの一番の落とし穴です。期限も書類も費用も、最後は裁判所の案内で確かめる。AIはそこへ早くたどり着くための地図として使うのが正しい距離感です。
士業AIは、法務の実務を支える法務AIを提供しています。契約書レビュー、登記書類のドラフト、条文リサーチといった「調べて書く」作業の下ごしらえを担う道具です。無料で始められ、クレジットカードの登録も不要ですので、まずは手元の書面で試してみてください。相続案件を日常的に扱う先生は、弁護士・司法書士向けの法務AIのページに実務での使いどころをまとめています。
よくある質問(FAQ)
相続放棄は家族全員でまとめて申し立てられますか
申述は相続人それぞれが行うもので、収入印紙も申述人1人につき800円分が必要です。ただし同じ書類は1通で足り、同じ被相続人について先に相続放棄申述受理事件が起きていれば、その事件で提出済みの書類は改めて添付する必要がありません。同じ家庭裁判所に同時期に出すなら書類の重複を避けられます。具体的な出し方は申述先の家庭裁判所に確認してください。
遺産分割協議で「何もいらない」と言えば相続放棄になりますか
なりません。民法938条は「相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない」と定めています。申述がなければ法律上の効果は生じず、借金などマイナスの財産の責任も残ります。相続放棄と、遺産分割での取り分ゼロは別のものです。
亡くなった方の預金から葬儀費用を払っても大丈夫ですか
慎重に考えるべき場面です。民法921条1号は相続財産の全部または一部を処分したときは単純承認したものとみなすと定めており、預金の引き出しと使用がこれに当たるおそれがあります。保存行為は例外とされますが線引きは事情で分かれます。実行する前に申述先の家庭裁判所や専門家に確認してください。
相続放棄の申述書はどこで手に入りますか
裁判所のウェブサイトから書式と記載例をダウンロードできます。「申述人が成人の場合」と「申述人が未成年者の場合」の2種類があるので該当するほうを使ってください。欄ごとの書き方は相続放棄申述書の書き方と記入例で解説しています。
放棄した後、亡くなった方の家の片付けはどうすればよいですか
勝手に処分するのも放り出すのも避けてください。民法940条1項により、放棄の時に現に占有している財産は、相続人または相続財産の清算人に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存する義務があります。現状のまま保ち、次の順位の相続人に連絡して引き渡すのが基本です。引き渡す先がいない場合の進め方は家庭裁判所に相談してください。
参考文献
- 裁判所「相続の放棄の申述」 https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_13/index.html
- 裁判所「相続の放棄の申述書(成人)書式・記載例」 https://www.courts.go.jp/saiban/syosiki/syosiki_kazisinpan/syosiki_01_13/index.html
- 裁判所「家事事件Q&A」 https://www.courts.go.jp/saiban/qa/qa_kazi/index.html
- e-Gov法令検索「民法」 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- e-Gov法令検索「戸籍法」 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000224
- e-Gov法令検索「不動産登記法」 https://laws.e-gov.go.jp/law/416AC0000000123
- 国税庁「No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2022.htm
- 国税庁「No.4205 相続税の申告と納税」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4205.htm
- 国税庁「No.4152 相続税の計算」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4152.htm

