残業代の計算方法|算定基礎・割増率・端数処理の実務とAI検算【2026年】
残業代の計算方法は3行で終わる ─ 事故るのは計算式ではなく前提
残業代の計算式そのものは、実は3行で書き切れます。給与計算の実務で事故が起きるのは、式を間違えるからではありません。式に入れる「1時間あたりの単価」と「割増率の組み合わせ」と「時間数の丸め方」という3つの前提を、就業規則や賃金規程の実態に合わせて作れていないからです。
顧問先の給与計算を検算していて最も多く見つかるのは、掛け算の誤りではなく、算定基礎から住宅手当を丸ごと外している、月平均所定労働時間数を何年も前の数字のまま使っている、勤怠システムが1日15分単位で切り捨てる設定になっている、といった前提のズレです。前提がズレていると、1人あたりの誤差は小さくても、全社員×全期間に波及します。
この記事は、給与計算をする側・検算する側の視点で書いています。労働者向けの「未払い残業代を請求する方法」ではなく、「顧問先にどう説明するか」「どこで事故が起きるか」「AIに何をさせて何をさせないか」を扱います。数値・条文・通達は、e-Gov法令検索の現行条文と厚生労働省・労働局・裁判所の公開資料に当たって確認したものだけを使い、確認できなかったことは確認できなかったと書きます。
残業代の基本式(1時間あたりの単価 × 割増率 × 時間数)
割増賃金の計算は、次の3ステップです。労働基準法37条1項が「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」に割増率を乗じる構造を定め、その「計算額」の出し方を労働基準法施行規則19条が賃金形態ごとに定めています。
- 算定基礎となる賃金を確定する(法37条5項と労基則21条の除外7項目を差し引く)
- 1時間あたりの単価を出す(月給制なら 算定基礎賃金 ÷ 月における所定労働時間数)
- 単価 × 割増率 × 時間数 を、時間外・深夜・休日の区分ごとに計算する
式にすると 残業代 =(月の算定基礎賃金 ÷ 月平均所定労働時間数)× 割増率 × 時間外労働時間数 です。この式に異論を挟む人はいません。争いになるのは、分子に何を入れるか、分母を何時間にするか、割増率をどう重ねるか、時間数をどう数えるかです。以下はすべてその話です。
この記事で分かること
- 割増賃金の基礎から除外できる賃金は、法37条5項の2項目と労基則21条の5項目を合わせた7項目の限定列挙であること
- 除外できるかどうかは名称ではなく実質で判断し、一律支給の住宅手当・家族手当は除外できないこと
- 月給制の単価の分母は労基則19条1項4号が原則「その月の所定労働時間数」、月によって異なる場合の例外が「1年間における1か月平均所定労働時間数」であること
- 時間外25%・法定休日35%は平成6年政令第5号が定める最低限度で、月60時間超の50%は2023年4月1日から中小企業にも適用済み(猶予規定だった労基法138条は現行法に存在しない)であること
- 端数処理は1か月単位なら基発150号の3類型が認められる一方、1日ごとの切り捨ては認められないこと
- 固定残業代が有効になるための2要件(判別可能性と対価性)と、最高裁が示した判断枠組み
- 厚生労働省の公開ページにも旧記述・旧条番号が残っている実例と、その見分け方
- 残業代計算でAIに任せてよい仕事と、絶対に断定させてはいけない領域、そのまま使えるプロンプト5本
実務で誤りが集中する5つのポイント
ポイント | よくある誤り | 正しい扱い |
|---|---|---|
算定基礎 | 「手当」と名の付くものを広く除外している | 除外できるのは法37条5項+労基則21条の7項目のみ。名称ではなく実質で判断 |
単価の分母 | 所定休日日数が変わったのに月平均所定労働時間数を据え置いている | 年間所定休日日数の改定に合わせて毎年再計算し、根拠を残す |
割増率の重複 | 時間外と深夜を重ねずに25%だけで払っている | 労基則20条により時間外+深夜は50%以上、60時間超+深夜は75%以上 |
端数処理 | 勤怠システムが1日15分・30分単位で切り捨てている | 1日ごとの切り捨ては不可。1か月合計の30分未満切り捨てのみ許容 |
固定残業代 | 「みなし残業込み」で超過分を精算していない | 判別可能性と対価性を満たしたうえで、超過分は必ず差額精算 |
この5つはいずれも、計算式ではなく前提の設計に属します。逆に言えば、規程と勤怠設定を先に整えておけば、毎月の計算は機械的に回ります。給与計算のチェック手順そのものを体系化したい場合は、給与計算のチェックをAIで行う検算・社会保険料確認のプロンプト集も併せて設計に組み込んでください。
割増賃金の基礎に入れる手当・入れない手当 ─ 除外は7項目の限定列挙
算定基礎の設計は、残業代計算のすべての土台です。ここを1つ間違えると、その事業場の全社員・全期間の割増賃金が同じ方向に狂います。まず押さえるべきは、除外できる賃金が法令で限定的に列挙されている、という構造です。
法37条5項+労基則21条で定める7項目
労働基準法37条5項は「第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない」と定めています。この「厚生労働省令で定める賃金」を受けているのが労働基準法施行規則21条で、「法第三十七条第五項の規定によつて、家族手当及び通勤手当のほか、次に掲げる賃金は、同条第一項及び第四項の割増賃金の基礎となる賃金には算入しない」として、別居手当・子女教育手当・住宅手当・臨時に支払われた賃金・一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金の5つを挙げています。
つまり除外できるのは、法本体の2項目と省令の5項目を合わせた7項目だけです。厚生労働省の「確かめよう労働条件」も、この7項目について「①~⑦は、例示ではなく限定的に列挙されているものです。これらに該当しない賃金はすべて算入しなければなりません」と明記しています(時間外・休日労働と割増賃金|確かめよう労働条件)。
実務で効いてくるのは、この「限定列挙」という一言です。役職手当・資格手当・精皆勤手当・営業手当・調整手当などは、どれだけ手当らしい名前でも7項目に該当しないため、原則として全額が算定基礎に入ります。顧問先から「うちの調整手当は残業代の基礎に入れなくていいですよね」と聞かれたら、7項目のどれに当たるかを問い返すのが最短です。どれにも当たらなければ、答えは「入れます」の一択になります。
名称ではなく実質で判断する ─ 一律支給の家族手当・住宅手当は除外できない
7項目に該当するかどうかは、支給名目ではなく支給の実態で判断します。厚生労働省の「確かめよう労働条件」は「ただし、これらの手当は名称ではなく実質によって判断します(例えば、住宅手当の名目で、全員に一律で支払われている場合には、その一律部分は算定基礎に含めます)」と明記しています。京都労働局の資料も「算入しなくてよい手当かどうかは、名称ではなく内容により判断します。例えば、住宅手当という名称であっても、各労働者の住宅事情に関係なく全員一律に同一金額が支給されているような場合は、割増賃金の算出の基礎に算入しなくてよい手当には該当しません」と、同じ趣旨を述べています(割増賃金(労基法第37条)算定方式)。
住宅手当については、愛知労働局が具体例まで示しています。同局の資料は「住宅手当は、平成11年10月1日から割増賃金の基礎から除外されることとなりましたが、『住宅手当』という名前の手当であれば、すべて除外することができるというわけではありません」としたうえで、除外できる例として「家賃月額5~10万円の者には2万円、家賃月額10万円を超える者には3万円を支給することとされているようなもの」を挙げます。
逆に除外できない例として挙がっているのが、「住宅以外の要素に応じて定率又は定額で支給することとされているもの。例えば、扶養家族がある者には2万円、扶養家族がない者には1万円を支給することとされているようなもの」と、「全員に一律に定額で支給することとされているもの」です(割増賃金の基礎となる賃金について)。要は、住宅費用に連動しているかどうかが分かれ目で、扶養家族の有無で金額が変わる「住宅手当」は住宅費用に連動していないため除外できません。
家族手当も同じ構造です。扶養家族の人数や有無に応じて金額が変わるなら除外できますが、扶養の有無にかかわらず全員に同額を支給しているなら、それは家族手当という名前の基本給の一部にすぎず、算定基礎に入ります。現場で多いのは、賃金規程には「扶養家族1人につき5,000円」と書いてあるのに、運用では独身者にも一律5,000円を出している、という規程と実態の乖離です。検算では規程の文言だけでなく、賃金台帳の実際の支給額の分布まで見る必要があります。
手当別の判定早見表
賃金・手当 | 算定基礎 | 根拠・判断のポイント |
|---|---|---|
基本給 | 算入 | 7項目のいずれにも該当しない |
役職手当 | 算入 | 7項目に該当しない。限定列挙のため除外不可 |
資格手当 | 算入 | 7項目に該当しない |
精皆勤手当 | 算入 | 7項目に該当しない |
家族手当(扶養人数・有無に連動) | 不算入 | 法37条5項の家族手当に該当 |
家族手当(全員に一律定額) | 算入 | 名称ではなく実質で判断。一律部分は算定基礎に含める |
通勤手当(実費・距離に連動) | 不算入 | 法37条5項の通勤手当に該当 |
通勤手当(全員に一律定額) | 算入 | 通勤の実態に連動しないため実質は基本給部分 |
住宅手当(家賃・住宅費用に連動) | 不算入 | 労基則21条3号。愛知労働局が除外できる例として明示 |
住宅手当(全員に一律定額) | 算入 | 愛知労働局が除外できない例として明示 |
住宅手当(扶養家族数に連動) | 算入 | 住宅以外の要素に応じた支給として愛知労働局が除外不可と明示 |
別居手当 | 不算入 | 労基則21条1号 |
子女教育手当 | 不算入 | 労基則21条2号 |
在宅勤務手当(実費弁償と整理できる場合) | 不算入 | 令和6年4月5日 基発0405第6号 |
在宅勤務手当(実費弁償と整理できない場合) | 算入 | 同通達。一般的には7項目に該当しないため原則算入 |
賞与(年2回) | 不算入 | 労基則21条5号「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」 |
1か月を超える期間ごとに支払われる手当 | 不算入 | 労基則21条5号 |
臨時に支払われた賃金 | 不算入 | 労基則21条4号 |
この表を顧問先に渡すときは、右列の「根拠」を必ず一緒に渡してください。「入る/入らない」だけを渡すと、次に新しい手当を作ったときに判断できず、また名称で決めてしまいます。判断の型を渡すのが実務です。
在宅勤務手当は原則「算入」─ 2024年の通達で整理された論点
テレワークの定着で新しく増えたのが在宅勤務手当です。厚生労働省は令和6年4月5日付の基発0405第6号「割増賃金の算定におけるいわゆる在宅勤務手当の取扱いについて」で、この論点を整理しました。同通達はまず「労働基準法…第37条第5項及び労働基準法施行規則…第21条により、割増賃金の基礎となる賃金に算入しない賃金は、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金及び一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金とされている」と7項目を確認しています。
そのうえで、在宅勤務手当は「一般的には法第37条第5項及び則第21条に規定する賃金に該当しない」とされ、原則として割増賃金の算定基礎に算入するという結論になります。除外できるのは、その手当が実費弁償と整理できる場合に限られます(割増賃金の算定におけるいわゆる在宅勤務手当の取扱いについて(令和6年4月5日 基発0405第6号))。
実務上のポイントは、「在宅勤務手当 月5,000円」を在宅日数にかかわらず全員に定額で払っている運用は、実費弁償と整理しにくいということです。この場合は算定基礎に入れる前提で単価を組み直す必要があります。逆に、通信費・電気代の実費相当額を合理的な方法で算定して支給しているなら、実費弁償としての整理が立ちます。どちらの設計にするかは、手当を作る段階で決めておくべき論点で、後から遡って整理し直すのは非常に手間がかかります。
除外賃金の判定を間違えると何が起きるか
算定基礎の誤りは、他の誤りと性質が違います。1人分の時間数を数え間違えたなら影響はその1人・その月に留まりますが、算定基礎の設計ミスは同じ手当を受け取る全社員の、全期間の割増賃金に同じ向きで効きます。住宅手当2万円を誤って除外していた月平均所定労働時間162時間の会社なら、単価が約123円低く出ます。月20時間の残業なら1人あたり月約3,000円強、10人・3年なら100万円規模の差が生まれます。
しかもこの種の誤りは、賃金規程と賃金台帳を横に並べれば比較的見つけやすい類のものです。給与計算の受託や労務監査を行う立場なら、初回の顧問契約時に賃金規程と直近の賃金台帳を突き合わせて、7項目の判定を一度きちんとやり切っておくのが最も費用対効果の高い作業です。規程側の文言まで直す必要がある場合は、就業規則・社内規程のドラフトとチェックをAIで行う手順と組み合わせると、規程改定と計算設計を同じタイミングで揃えられます。
1時間あたりの単価をどう出すか ─ 月平均所定労働時間数の落とし穴
算定基礎が固まったら、次は分母です。ここは条文の書きぶりと実務の運用が少しずれていて、そのずれを理解していないと顧問先に説明できません。
労基則19条の原則は「その月の所定労働時間数」、例外が「1年間の1か月平均」
労働基準法施行規則19条1項4号は、月給制について「その金額を月における所定労働時間数(月によつて所定労働時間数が異る場合には、一年間における一月平均所定労働時間数)で除した金額」と定めています。条文の建て付けは、原則がその月の所定労働時間数で、月によって所定労働時間数が異なる場合の例外が1年間における1か月平均所定労働時間数、という順序です。
ところが実務で多く見かけるのは、例外側の「1年間における1か月平均」を使っている運用です。理由は単純で、暦の関係で月ごとの所定労働日数が変わる会社が大多数だからです。その月の所定労働時間数を分母にすると、同じ残業1時間でも2月と3月で単価が変わり、社員から「なぜ今月は残業単価が高いのか」と問われることになります。年間平均を使えば単価が年間で一定になり、説明も検算も楽になります。
ここで注意すべきは、年間平均を使うこと自体は例外規定の適用であって、「月によって所定労働時間数が異なる」という前提が実際に成立していることが要件だという点です。完全週休二日制で毎月の所定労働時間が固定されている特殊な設計の会社では、原則どおりその月の所定労働時間数を使うのが筋になります。実務でここを問われることは稀ですが、条文の構造として理解しておくと、顧問先への説明が一段深くなります。
月平均所定労働時間数の計算式と具体例
京都労働局の資料は、年間平均1か月の所定労働時間数を次の式で示しています。
年間平均1か月の所定労働時間数 =(年間の暦日[365 or 366]-年間所定休日日数)×1日の所定労働時間 ÷ 12ヵ月
同資料の計算例は次のとおりです。所定労働時間が1日8時間、所定休日が日曜日・土曜日・祝祭日及び年末年始5日間であるA社の場合、(365-52日曜-52土曜-14祝祭日-4日[元旦を除く])×8時間 ÷ 12ヵ月 = 162時間/月 となります。年末年始5日間のうち元旦は祝祭日として既に数えているため、重複を避けて4日で計算している点が実務的です。
この式を使ううえで事故が多いのは3か所です。第一に、祝日日数は年によって変わります。土曜と重なる祝日が多い年は実際の休日が減り、月平均所定労働時間数は増えます。第二に、会社が創立記念日や夏季休暇を所定休日に追加した年は、必ず再計算が必要です。第三に、部門や雇用区分で1日の所定労働時間が異なる場合は、区分ごとに別の分母を持つ必要があります。1日7時間30分の事務職と8時間の現場職を同じ162時間で計算している例は、検算でしばしば見つかります。
実務では、毎年の年間カレンダー確定と同時に月平均所定労働時間数を再計算し、「暦日数・所定休日日数・1日の所定労働時間・算出結果」を1枚の表として残しておくことを勧めます。監督署に聞かれたときも、社員に説明するときも、この1枚があるかないかで所要時間が変わります。
項目 | A社の例 | 確認すべきこと |
|---|---|---|
年間暦日数 | 365日 | うるう年は366日 |
年間所定休日日数 | 122日(日52+土52+祝祭日14+年末年始4) | 祝日数は年ごとに変動。元旦の二重計上に注意 |
年間所定労働日数 | 243日 | 会社カレンダーの実日数と一致するか |
1日の所定労働時間 | 8時間 | 雇用区分・部門ごとに異なる場合は区分別に算出 |
月平均所定労働時間数 | 162時間 | 年間カレンダー確定のたびに再計算し記録を残す |
日給制・時給制・出来高払制・複数の賃金が混在する場合
労基則19条1項は、賃金形態ごとに「通常の労働時間又は通常の労働日の賃金の計算額」の出し方を定めています。時給制は一号でその金額がそのまま単価になります。日給制は二号で、その金額を1日の所定労働時間数(日によって異なる場合は1週間における1日平均所定労働時間数)で除した金額です。週給制は三号で、週における所定労働時間数(週によって異なる場合は4週間における1週平均所定労働時間数)で除した金額になります。
見落とされやすいのが六号の出来高払制その他の請負制です。ここは、出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における総労働時間数で除した金額、と定められています。分母が所定労働時間数ではなく総労働時間数である点が、月給制との決定的な違いです。歩合給の部分については、すでに労働の対価として全時間分の賃金が支払われている構造なので、割増部分(0.25倍分など)のみを追加で支払う、という組み立てになります。
そして七号が「二以上の賃金よりなる場合」で、各号でそれぞれ算定した金額の合計額を単価とします。固定給+歩合給という賃金体系はまさにこれで、固定給部分は四号で所定労働時間数を分母に、歩合給部分は六号で総労働時間数を分母に、それぞれ単価を出して足します。この二重構造を理解せずに歩合給を月平均所定労働時間数で割ってしまうと、単価が過大になります。過大になった分を会社が負担してしまうだけなら法違反ではありませんが、賃金台帳の整合性は崩れます。
休日手当など19条1項各号に含まれない賃金は「月によって定められた賃金」とみなす
労基則19条2項は「休日手当その他前項各号に含まれない賃金は、前項の計算においては、これを月によつて定められた賃金とみなす」と定めています。つまり、時間給でも日給でも週給でも月給でも出来高でもない支給がある場合は、月給として扱い、四号の方法(月における所定労働時間数で除す)で単価に織り込みます。
実務では、四半期ごとではなく毎月支給している業績連動手当や、月ごとに金額が変動する調整手当などがここに該当します。金額が毎月変動するからといって算定基礎から外す理由にはなりません。1か月を超える期間ごとに支払われる賃金であれば労基則21条5号で除外できますが、毎月支払っているならその除外規定には乗りません。
割増率の組み合わせ ─ 月60時間超の50%は中小企業にも適用済み
割増率は、単体で覚えるものではなく組み合わせで覚えるものです。時間外・深夜・休日の3軸が重なり得るため、実際に使う率は6パターンあります。
時間外25%・休日35%・深夜25%の法的根拠
労働基準法37条1項本文は、時間外・休日労働について「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率」で計算した割増賃金を支払うべきことを定めています。法本体は25%から50%という「幅」を定めているだけで、具体的な率は政令に委ねられている構造です。
その政令が平成六年政令第五号「労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令」で、「労働基準法第三十七条第一項の政令で定める率は、…延長した労働時間の労働については二割五分とし、…労働させた休日の労働については三割五分とする」と定めています。よく言われる「時間外25%・休日35%」の出どころはこの政令です(e-Gov法令検索・労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令)。
深夜割増は別の項です。法37条4項が「午後十時から午前五時まで」の深夜労働について「二割五分以上」の割増賃金を定めています。京都労働局の資料も「深夜時間=午後10時~午前5時」と明示しています。深夜割増は時間外割増とは別の根拠に基づくため、両方の要件を満たす時間帯には両方が重なります。
1か月60時間超は50% ─ 中小企業の猶予は2023年4月1日に終了
法37条1項ただし書は「当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」と定めています。この50%は、かつて中小企業には適用が猶予されていました。
その猶予は、厚生労働省・中小企業庁のリーフレット「2023年4月1日から 月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます」のとおり、2023年4月1日に終了しています。同リーフレットは「(2023年3月31日まで)月60時間超の残業割増賃金率 大企業は50%(2010年4月から適用)中小企業は25%」から「(2023年4月1日から)大企業、中小企業ともに50%」への変更を明記しています(2023年4月1日から 月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます)。
ここで実務者として押さえておきたいのが、この猶予の根拠条文だった労働基準法138条は、現行法にはもう存在しないということです。e-Gov法令検索の現行施行版で労働基準法の条番号を確認したところ、本則は第121条までで、附則には第137条と第139条〜第143条はあるものの、第138条だけが欠番になっています。旧138条はもともと本則ではなく附則に置かれた猶予規定で、それが削除されたままの状態です。「労基法138条により中小企業は猶予」と書かれた資料を見かけたら、それは削除済みの条文を引いている古い資料です。
なお同リーフレットは中小企業の判定基準(資本金または常時使用する労働者数のいずれかを満たせば中小企業。小売業は資本金5,000万円以下または50人以下、サービス業は5,000万円以下または100人以下、卸売業は1億円以下または100人以下、その他は3億円以下または300人以下)も示していますが、割増率については大企業・中小企業の区別がなくなったため、この判定を割増率の目的で使う場面はもうありません。
【要注意】厚生労働省サイトに旧記述が残っている
ここは、実務者が公的資料を引くときに必ず知っておくべき話です。厚生労働省の「確かめよう労働条件」には、2026年9月時点でも次の記述が残っています。
また、1か月に60時間を超える時間外労働の割増率は、50%以上増しとなります(当分の間、中小企業には適用が猶予されています)。※働き方改革関連法(平成30年7月6日施行)により労働基準法が改正され、中小企業に適用されている割増賃金率の猶予措置は2023年(令和5年)4月1日に廃止されることになっています。
3年以上前に廃止済みの措置が、現在形(適用が猶予されています)と未来形(廃止されることになっています)で書かれたまま残っています。厚生労働省のドメイン内にあり、検索でも上位に出るページですが、この部分だけは現在の法状態を反映していません。同じ厚生労働省の中でも、中小企業庁との連名リーフレットのほうが正確です。
条番号のずれも同種の問題です。愛知労働局の「割増賃金の基礎となる賃金について」は、除外賃金の根拠条文を「労働基準法第37条第4項」と記載していますが、現行法では第5項です。2010年4月に施行された改正で60時間超の規定が第1項ただし書として入った際に項番号がずれたためで、内容自体は現在も正しい一方、条番号だけが古いままになっています。前掲の令和6年基発0405第6号は「法第37条第5項及び則第21条」と現行の条番号で書いており、公的資料どうしで条番号が食い違っている実例です。労働局が公開しているパンフレットの中には、削除済みの「法第138条」を現行条文として引用したままのものも残っています。
この現象から引き出すべき実務上の教訓は2つです。第一に、公的サイトに載っているという事実は、最新であることを保証しないこと。第二に、最終的な確認先はe-Gov法令検索の現行条文だということです。顧問先に説明する数値と条番号は、解説ページではなく条文で裏を取る。この一手間が、事務所の信頼を守ります。
深夜・休日と重なるときの割増率
組み合わせの根拠は労働基準法施行規則20条です。同条1項は、時間外労働が深夜に及ぶ場合を五割以上(うち1か月60時間超の延長に係るものは七割五分以上)と定め、2項は休日労働が深夜に及ぶ場合を六割以上と定めています。前掲の厚生労働省・中小企業庁リーフレットも「月60時間を超える時間外労働を深夜(22:00~5:00)の時間帯に行わせる場合、深夜割増賃金率25%+時間外割増賃金率50%=75%となります」と明示しています。
労働の種類 | 割増率 | 根拠 |
|---|---|---|
時間外労働(月60時間以内) | 25%以上 | 法37条1項+平成6年政令第5号 |
時間外労働(月60時間以内)+深夜 | 50%以上 | 労基則20条1項 |
時間外労働(月60時間超の部分) | 50%以上 | 法37条1項ただし書 |
時間外労働(月60時間超の部分)+深夜 | 75%以上 | 労基則20条1項かっこ書、厚労省リーフレット |
法定休日労働 | 35%以上 | 法37条1項+平成6年政令第5号 |
法定休日労働+深夜 | 60%以上 | 労基則20条2項 |
京都労働局の資料も、休日労働が深夜に及んだ場合は「×1.6」、時間外が深夜に及んだ場合は「×1.5」と、乗率の形で同じ内容を示しています。給与システムの割増率マスタを点検するときは、この6行がそのままチェックリストになります。実務で最も設定漏れが多いのは、75%の行です。月60時間超に達する社員が出て初めて必要になる率なので、平常時のテスト運用では露見しません。
法定休日労働は60時間のカウントに入らない
60時間の集計対象を間違えると、50%を適用する起点がずれます。厚生労働省・中小企業庁リーフレットは「月60時間の時間外労働時間の算定には、法定休日に行った労働時間は含まれませんが、それ以外の休日に行った労働時間は含まれます。(※)法定休日労働の割増賃金率は、35%です」と明記しています。
ここは顧問先が最もつまずくところです。週休二日制の会社で日曜を法定休日と定めている場合、日曜の労働は35%で計算し60時間には算入しない一方、土曜(法定外休日)の労働は時間外労働として60時間に算入します。したがって、就業規則で法定休日がどの曜日か特定されているかが、60時間の集計精度に直結します。「日曜または土曜のいずれか」といった曖昧な定めのまま運用している会社は、集計の再現性がありません。
また、同リーフレットは「1か月の起算日からの時間外労働時間数を累計して60時間を超えた時点から50%以上」としています。起算日は賃金計算期間の初日とするのが自然ですが、賃金締切日が月末以外の会社では、暦月と賃金計算期間がずれます。どちらを起算日とするかは規程で明確にし、勤怠システムの集計期間と一致させておく必要があります。36協定の上限管理とも集計単位が絡むため、36協定届の書き方と様式第9号の記載例・提出前チェックの整理と揃えておくと管理が一本化できます。
代替休暇(法37条3項)を使う場合
法37条3項は、労使協定により60時間超部分の割増賃金の支払に代えて有給休暇(代替休暇)を与えることを定めた場合、労働者が取得した分について1項ただし書の割増賃金の支払を要しない、としています。50%のうち法定の25%を超える上乗せ部分を、休暇に振り替える制度です。
実務での使い勝手は正直なところ限定的です。労使協定の締結が前提であり、労働基準法施行規則19条の2が定める協定事項(代替休暇として与えることができる時間数の算定方法・代替休暇の単位・代替休暇を与えることができる期間の3つ)を定める必要があるうえ、労働者が実際に取得しなければ支払義務は消えません。制度を導入したが取得実績がなく、結局は現金で支払っている、という顧問先も珍しくありません。導入を検討する場合は、「取得されなかった場合に支払う」という運用フローまで設計してから協定を結ぶべきです。
端数処理 ─ 1か月単位なら認められる、日ごとの切り捨ては違法
端数処理は、勤怠システムの設定という形で無自覚に運用されていることが多く、指摘されるまで誰も気づかない領域です。しかも遡及修正の対象が全社員になるため、影響は算定基礎の誤りに匹敵します。
認められる端数処理(基発150号の3類型)
昭和63年3月14日基発第150号は、割増賃金計算における端数処理について「次の方法は、常に労働者の不利となるものではなく、事務簡便を目的としたものと認められるから、法第24条及び第37条違反としては取り扱わない」として、3つの方法を挙げています(賃金計算の端数の取扱い(昭和63年3月14日 基発第150号より))。
- 1か月における時間外労働、休日労働及び深夜業の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げること。
- 1時間当たりの賃金額及び割増賃金額に円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、それ以上を1円に切り上げること。
- 1か月における時間外労働、休日労働、深夜業の各々の割増賃金の総額に1円未満の端数が生じた場合、(2)と同様に処理すること。
この3類型に共通する構造は明快です。第一に、対象が1か月単位の合計であること。第二に、切り捨てと切り上げが対になった四捨五入型であること。つまり「常に労働者の不利となるものではない」という条件を満たすからこそ違反として取り扱われないのであって、切り捨てだけを行う処理はこの理屈に乗りません。
さらに(1)は「時間外労働、休日労働及び深夜業の各々の時間数の合計」と書いています。時間外と深夜を合算してから丸めるのではなく、区分ごとに1か月合計を出し、区分ごとに丸めるのが正しい処理です。割増率が異なる区分を混ぜてから丸めれば、金額が変わってしまいます。
やってはいけない端数処理
都道府県労働局・労働基準監督署のリーフレット「労働時間を適正に把握し正しく賃金を支払いましょう」(厚生労働省サイト掲載)(令和6年9月)は、「1日ごとに、一定時間に満たない労働時間を一律に切り捨て、その分の賃金を支払わないことは、労働基準法違反となります」と明記しています。違反例として、「勤怠管理システムの端数処理機能を設定し、1日の時間外労働時間のうち15分に満たない時間を一律に切り捨て(丸め処理)」と、「残業申請は、30分単位で行うよう指示」が挙げられています(労働時間を適正に把握し正しく賃金を支払いましょう)。京都労働局も「日々の時間外労働等の時間数について、30分未満の端数を切り捨てて処理することは認められません」と明記しています。
ここで正確に書いておきたいことがあります。この厚生労働省リーフレットは「労働基準法違反となります」とだけ書いており、24条という条番号は明示していません。京都労働局の資料も「認められません」と述べるにとどまります。24条(全額払の原則)を条番号付きで挙げているのは、基発150号の遅刻に関する項です。同項は「5分の遅刻を30分の遅刻として賃金カットをするというような処理は、労働の提供のなかつた限度を超えるカット(25分についてのカット)について、賃金の全額払の原則に反し、違法である」としています。
したがって、顧問先への説明では「1日ごとの切り捨ては労基法24条違反です」と断定するのではなく、「1日ごとの切り捨てを労働基準法違反と明記した厚生労働省リーフレットがあり、全額払の原則との関係は基発150号が遅刻の例で示しています」と説明するのが正確です。私が公的ページを確認した限り、日ごとの切り捨てそのものを「24条違反」と条番号で名指しした公的ページは確認できませんでした。実務上の結論(やってはいけない)は変わりませんが、根拠の引き方は正確にしておくべきです。
なお、切り上げ方向は問題になりません。同リーフレットのワンポイントは「また、1日の労働時間について、一定時間に満たない時間を切り上げた上で、その分の賃金を支払うことは、問題ありません」としています。労働者に不利にならないからです。「日ごとの丸めは一律禁止」ではなく「日ごとの切り捨てが不可」という整理が正しく、この違いを押さえておくとシステム設定の相談に的確に答えられます。
処理 | 可否 | 根拠 |
|---|---|---|
1か月合計の時間数で30分未満切り捨て・以上切り上げ | 可 | 基発150号(1) |
1時間あたり単価・割増賃金額の50銭未満切り捨て・以上切り上げ | 可 | 基発150号(2) |
1か月の割増賃金総額の1円未満を(2)と同様に処理 | 可 | 基発150号(3) |
1日ごとに15分未満・30分未満を一律切り捨て | 不可 | 厚労省リーフレット(労働基準法違反と明記)、京都労働局 |
残業申請を30分単位に限定する運用 | 不可 | 厚労省リーフレットが違反例として掲載 |
1日の労働時間を切り上げて賃金を支払う | 可 | 厚労省リーフレット(問題ありませんと明記) |
5分の遅刻を30分としてカット | 不可 | 基発150号(全額払の原則に反し違法) |
勤怠システムの丸め設定は「就業規則とセットで」点検する
現場で多いのは、勤怠システムの導入時に初期設定のまま「15分単位・切り捨て」で運用が始まり、誰も設定画面を見ないまま数年が経過しているケースです。給与計算の担当者はシステムが出した時間数をそのまま使うため、丸め設定の存在自体を知らないこともあります。
点検の順番は決まっています。まず勤怠システムの丸め設定画面のスクリーンショットを取得し、単位(1分/5分/15分/30分)と方向(切り捨て/切り上げ/四捨五入)と適用単位(日次/月次)を確認します。次に就業規則・賃金規程に端数処理の定めがあるかを確認し、両者が一致しているかを見ます。この2つが揃って初めて、点検が終わったと言えます。片方だけの確認では、規程どおりに動いていない設定を見逃します。
100円未満・1,000円未満の端数は就業規則の定めが要る
基発150号は、割増賃金の端数処理とは別に、1か月の賃金支払額の端数処理についても定めています。「次の方法は、賃金支払の便宜上の取扱いと認められるから、法第24条違反としては取り扱わない。なお、これらの方法をとる場合には、就業規則の定めに基づき行うようにされたい」としたうえで、2つの方法を挙げています。
- 1か月の賃金支払額に100円未満の端数が生じた場合、50円未満の端数を切り捨て、それ以上を100円に切り上げて支払うこと。
- 1か月の賃金支払額に生じた1,000円未満の端数を翌月の賃金支払日に繰り越して支払うこと。
注目すべきは、割増賃金の端数処理(3類型)には「就業規則の定めに基づき」という条件が付されていないのに対し、賃金支払額の端数処理には明示的に条件が付いている点です。賃金の支払方法に関わるため、労働条件として明示する必要があるという整理でしょう。100円未満を丸めている顧問先には、就業規則にその定めがあるかを必ず確認してください。運用だけ先行しているケースは相当数あります。
固定残業代(みなし残業)の落とし穴
固定残業代は、設計を誤ると「払っていたはずの残業代が全部無効になり、しかもその金額が算定基礎に算入されて単価が上がる」という二重の打撃を受けます。労務相談でも最も相談件数が多い論点の1つで、実務者としては要件を条件反射で言えるようにしておきたいところです。
有効になるための2つの要件
厚生労働省のスタートアップ労働条件Q&Aは、固定残業代について次のように整理しています。「①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分(固定残業代)とを判別できるようにした上で、②割増賃金に当たる部分(固定残業代)の金額が労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、その差額を支払う必要があります」(医療法人康心会事件 最判H29.7.7判決、H29.07.31 基発0731第27号)(固定残業代を支払うこととすれば、残業や休日勤務をさせても別途に残業代を支払わなくてよいでしょうか?|スタートアップ労働条件)。
実務上の要件は、判別可能性と対価性の2つです。判別可能性とは、月給30万円のうちどこまでが通常の労働時間の賃金で、どこからが割増賃金なのかが区別できること。対価性とは、その部分が本当に時間外労働等の対価として支払われているといえること。この2つが揃わなければ、「固定残業代」と呼んでいた部分は通常の賃金として扱われ、算定基礎に算入されたうえで、別途に割増賃金の支払義務が残ります。
最高裁が示した判断枠組み
対価性の判断枠組みを示したのが日本ケミカル事件です。裁判所の判決文(平成29年(受)第842号 未払賃金請求控訴,同附帯控訴事件 平成30年7月19日 第一小法廷判決)は次のように述べています。
雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。
同事件では、基本給46万1,500円に加えて業務手当10万1,000円が支払われており、平均所定労働時間157.3時間を前提とすると業務手当は約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当し、「実際の時間外労働等の状況と大きくかい離するものではない」と評価されています。つまり、固定残業代が想定する時間数と、実際の残業時間の実態が大きくかけ離れていないかが具体的な着眼点になります。月20時間分の固定残業代で毎月60時間残業している会社は、この点で弱いということです。
もう1つ押さえるべきが国際自動車事件(第2次上告審)です。裁判所の判決文(平成30年(受)第908号 賃金請求事件 令和2年3月30日 第一小法廷判決)は「その判断に際しては,当該手当の名称や算定方法だけでなく,…当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならない」としました。そのうえで、当該賃金規則の仕組みについて「その実質において,出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を,時間外労働等がある場合には,その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである」と述べています。
この2つの判決から読み取るべき実務的な含意は、形式を整えるだけでは足りないということです。契約書に「業務手当は時間外労働30時間分」と書いてあっても、賃金体系全体を見たときに残業をしてもしなくても総額が変わらない設計になっていれば、割増賃金を支払ったことにはならない。ここが、規程の文言だけをチェックする作業と、実際の賃金体系を検証する作業の分かれ目です。
超過分の精算義務 ─ 「込み」で終わらせられない
固定残業代が有効に設計されていても、それは「その時間数までの割増賃金を前払いした」という意味しか持ちません。実際の時間外労働が固定残業代の想定時間を超えた月には、超過分の差額を必ず支払う必要があります。前掲の厚生労働省Q&Aも、法定の方法で算定した割増賃金の額を下回るときは差額を支払う必要がある、と明記しています。
実務で頻出するのが、精算のフローが給与計算の手順書に組み込まれていないケースです。「固定残業代30時間分」と決めた時点で安心してしまい、毎月の実残業時間と30時間の比較を誰も行っていない。この状態は、有効な固定残業代を持っていても未払いが発生します。給与計算の手順書に「固定残業代対象者の実残業時間と想定時間の突合」という工程を明示的に置いてください。
労働条件通知書・就業規則・求人票の3点セット
固定残業代は、3つの文書で整合が取れている必要があります。労働条件明示については、厚生労働省Q&Aが「労働契約の締結に際し、使用者は労働者に対して、『賃金の決定、計算及び支払の方法』を書面等で明示しなければならない(労基法15、労基則5①)」としています。
求人票については、若者雇用促進法に基づく指針でも固定残業代の適切な表示が定められています。厚生労働省・都道府県労働局・ハローワークのリーフレットは、求人票で明示すべき3点として「① 固定残業代を除いた基本給の額 ② 固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法 ③ 固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨」を挙げ、記載例として「□□手当(時間外労働の有無にかかわらず、○時間分の時間外手当として△△円を支給)」「○時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給」を示しています(固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。)。
現場で多いのは、就業規則には書いてあるが求人票が「月給30万円(みなし残業込み)」で終わっている、というパターンです。この表示だと判別可能性が求人段階で崩れており、採用トラブルの温床になります。顧問先の採用支援まで見ている事務所なら、求人票の文言チェックまで守備範囲に入れておくと差がつきます。
固定残業代がある場合の計算手順
- 固定残業代の額と、それが何時間分の何の割増賃金かを規程・労働条件通知書で確認する(時間外分のみか、深夜・休日分も含むか)
- 固定残業代を除いた算定基礎賃金を確定する(固定残業代自体は算定基礎に入れない)
- 算定基礎賃金 ÷ 月平均所定労働時間数 で1時間あたりの単価を出す
- その月の実際の時間外・深夜・休日労働時間を区分ごとに集計する
- 区分ごとに 単価 × 割増率 × 時間数 で法定の割増賃金額を計算する
- 法定額の合計と固定残業代の額を比較し、法定額が上回る分を差額として支払う
手順4で見落とされやすいのが、固定残業代が「時間外30時間分」としか定められていない場合の深夜・休日労働です。固定残業代がカバーしている範囲を超える種類の労働は、固定残業代とは無関係に別途計算して支払う必要があります。規程の書きぶりが曖昧なら、カバー範囲を明示する形に改定するのが先です。この種の相談への回答の組み立て方は、労務相談の回答をAIで下書きする残業代・ハラスメント・解雇対応の実務で扱っている手順が使えます。
残業代計算にAIを使う ─ させていいこと・絶対にさせてはいけないこと
ここまで見てきたとおり、残業代計算の難所は「調べて判断する」部分に集中しています。この部分はAIとの相性が良い一方で、任せ方を誤ると最悪の結果を生みます。線の引き方から書きます。
【大原則】割増率・金額・期限はAIに断定させない
生成AIは、学習データの中で頻出した表現を再現します。そして「月60時間超の割増率は中小企業には猶予されている」という文は、2023年3月以前のWeb上に膨大に存在しました。前述のとおり厚生労働省のページにすら旧記述が残っているくらいですから、AIがこの誤りを再生産する確率は決して低くありません。同様に、削除済みの労基法138条を根拠として挙げてくる可能性もあります。
したがって、割増率・金額・期限・条番号の4つは、AIの出力をそのまま採用しないという運用ルールを事務所として決めてください。AIには考え方の整理と計算過程の言語化を任せ、数値と条番号はe-Gov法令検索と厚生労働省の一次資料で人が確認する。この役割分担が守られていれば、AIは強力な戦力になります。守られていなければ、賠償責任に直結します。
AIに任せられる4つの仕事
逆に、次の4つはAIが得意で、かつ人が確認しやすい仕事です。第一に、就業規則・賃金規程からの手当の洗い出し。長文の規程から手当の名称と支給条件を機械的に抽出し、7項目のどれに該当し得るかを仕分ける作業は、人がやると見落としが出ます。第二に、計算過程の言語化と検算。既に出ている金額に対して、どういう前提で計算するとその金額になるかを逆算させると、前提のズレが浮かび上がります。
第三に、顧問先への説明文の下書き。「なぜ住宅手当を算定基礎に入れるのか」を給与担当者向けに平易に書く作業は、AIが下書きし社労士が事実確認をする分業が効率的です。第四に、自事務所のチェックリスト化。この記事のような整理を、自分の事務所の顧問先の実情に合わせた点検表に落とす作業です。いずれも、出力の正しさを人が判定できる形になっている点が共通しています。
プロンプト1: 就業規則・賃金規程から算定基礎に入る手当・入らない手当を洗い出す
あなたは給与計算実務に精通した社会保険労務士です。
以下の賃金規程から、支給されるすべての賃金項目を抽出し、
割増賃金の算定基礎に「算入」「不算入」「要確認」のいずれかに仕分けてください。
【前提となる判断基準】
・算定基礎から除外できるのは、労働基準法37条5項の家族手当・通勤手当と、
労働基準法施行規則21条の別居手当・子女教育手当・住宅手当・
臨時に支払われた賃金・一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金の計7項目のみ(限定列挙)
・該当するかどうかは名称ではなく支給の実質で判断する
・支給条件が規程から読み取れないものは「要確認」とし、
何を確認すれば判定できるかを具体的に書く
【出力形式】
| 賃金項目 | 規程上の支給条件 | 判定 | 判定理由 | 確認すべき事項 |
の表で出力し、表の後に「要確認」の項目だけを箇条書きで再掲してください。
割増率や金額は一切出力しないでください。
【顧問先名】:
【賃金規程の該当箇所を貼り付け】:
返ってくるのは、規程の全手当を網羅した仕分け表です。人が確かめるのは、「要確認」に落ちた項目の実際の支給実態(賃金台帳で金額の分布を見る)と、AIが「不算入」と判定した手当が本当に7項目に該当するかの2点です。特に一律支給の疑いがある手当は、規程の文言だけでは判定できません。
プロンプト2: 割増賃金の計算過程を言語化させて検算する
あなたは給与計算の検算を担当する社会保険労務士です。
以下の条件で計算された割増賃金額について、計算過程を分解して示し、
私が提示した支給額との差異があればその原因の候補を列挙してください。
【出力手順】
1. 算定基礎に含めた賃金項目と、その合計額を明示する
2. 1時間あたりの単価の計算式(算定基礎 ÷ 月平均所定労働時間数)を数式で示す
3. 時間外(月60時間以内)/時間外(60時間超)/深夜/法定休日/
それぞれの重複区分ごとに、時間数×単価×割増率を分けて示す
4. 合計額を出し、私が提示した支給額との差額を計算する
5. 差額がある場合、原因の候補を「算定基礎」「単価の分母」「割増率の適用」
「時間数の集計・端数処理」の4分類で列挙する
【重要】割増率は私が下記に指定した数値のみを使い、
あなたの知識で補完したり修正したりしないでください。
指定がない割増率が必要な場合は、計算せずに「割増率の指定が必要」と書いてください。
【使用する割増率】:時間外(60時間以内)= 、時間外(60時間超)= 、
深夜= 、時間外+深夜= 、法定休日= 、法定休日+深夜=
【算定基礎に含める賃金項目と金額】:
【月平均所定労働時間数】:
【区分別の労働時間数】:
【実際に支給した割増賃金額】:
返ってくるのは、支給額との差額とその原因候補です。割増率を人が指定して与える設計にしているのが要点で、AIに率を思い出させないことで最大のリスクを潰しています。人が確かめるのは、指定した割増率が労基則20条と政令に照らして正しいかという1点に集約されます。
プロンプト3: 月平均所定労働時間数の算定根拠を組み立てる
あなたは給与計算実務に精通した社会保険労務士です。
以下の会社カレンダーの条件から、1年間における1か月平均所定労働時間数を算出し、
その算定根拠を第三者が検証できる表の形で示してください。
【計算式】
(年間の暦日数 - 年間所定休日日数)× 1日の所定労働時間 ÷ 12か月
【出力形式】
1. 年間所定休日日数の内訳を「日曜/土曜/祝日/年末年始/その他」に分けた表
(祝日と年末年始が重複する日は二重に数えないこと。重複した日を明示すること)
2. 年間所定労働日数
3. 上記計算式に当てはめた数式(途中の数値をすべて表示)
4. 算出結果(小数第2位まで表示し、端数の扱いも明記)
5. 雇用区分ごとに1日の所定労働時間が異なる場合は、区分ごとに1〜4を繰り返す
最後に「この数値を使う際に翌年見直すべき条件」を3つ挙げてください。
【顧問先名】:
【対象年度】:
【年間の暦日数】:
【所定休日の定め(貼り付け)】:
【1日の所定労働時間(雇用区分ごと)】:
返ってくるのは、分母の算定根拠を1枚にまとめた表です。人が確かめるのは、祝日の重複除外が正しいか(元旦を年末年始と祝日で二重に数えていないか)と、会社の年間カレンダーの実際の休日日数と一致しているかです。この表をそのまま顧問先ファイルに保存しておくと、翌年の再計算が10分で終わります。
プロンプト4: 固定残業代の要件チェックリストを作る
あなたは労務監査を担当する社会保険労務士です。
以下の会社の固定残業代について、有効性を点検するチェックリストを作成してください。
【点検の観点】
A 判別可能性:通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分が区別できるか
B 対価性:その手当が時間外労働等の対価として支払われているといえるか
(契約書等の記載内容、労働者への説明の内容、実際の労働時間等の勤務状況、
賃金体系全体における当該手当の位置付けを観点に含めること)
C 超過分の精算:想定時間を超えた月に差額が支払われる運用になっているか
D 文書の整合:就業規則・賃金規程・労働条件通知書・求人票の記載が一致しているか
E カバー範囲:固定残業代が時間外のみか、深夜・休日も含むかが明示されているか
【出力形式】
| No | 観点 | 確認項目 | 確認する資料 | 想定される不備 | 是正の方向性 |
の表で、各観点について3項目以上出してください。
判例の事件名・判決年月日・金額は出力しないでください(当方で確認します)。
【顧問先名】:
【固定残業代の定め(規程の該当箇所を貼り付け)】:
【直近6か月の月別の実時間外労働時間】:
返ってくるのは、資料の請求リストとしてそのまま使える点検表です。判例名や年月日を出力させない指定を入れているのは、AIが実在しない事件名や誤った年月日を生成するリスクを避けるためです。人が確かめるのは、直近6か月の実残業時間と固定残業代の想定時間のかい離幅、そして求人票の実物です。
プロンプト5: 顧問先の給与担当者向けの説明文を下書きする
あなたは顧問先の給与担当者に向けて説明する社会保険労務士です。
以下の内容を、簡潔で分かりやすい説明文にしてください。
【読み手】給与計算を担当する事務スタッフ(法律の専門知識はない)
【目的】次回の給与計算から算定基礎の扱いを変更してもらうこと
【トーン】断定しすぎず、しかし「変更が必要である」ことは明確に伝える
【分量】600字以内
【必ず含める要素】
1. 何を、いつの給与計算から変えるのか(結論を最初の2文で)
2. なぜ変える必要があるのか(根拠の説明。ただし条番号は私が後で追記するので
「法令上の除外項目に該当しないため」といった表現にとどめること)
3. 具体的にどの数値がどう変わるのか(変更前後の対比)
4. 過去分の取扱いについて、当事務所から別途連絡する旨
5. 不明点は計算前に確認してほしい旨
法令の条番号・通達番号・割増率の数値は一切書かないでください。
【顧問先名】:
【変更する内容】:
【変更前後の数値】:
【適用開始する給与計算月】:
返ってくるのは、そのまま送れる水準の説明文の下書きです。条番号を書かせない設計にしているので、社労士が最後に正しい条番号を1か所追記するだけで完成します。人が確かめるのは、変更前後の数値と適用開始月、そして過去分の遡及方針が事務所の判断と一致しているかです。
うまくいかない例 → 直し方
例1:「月60時間超の割増率は中小企業には猶予されています」と返ってくる。 原因は、学習データに2023年3月以前の記述が大量に含まれていることです。直し方は、率をAIに答えさせない設計に変えること。プロンプト2のように、割増率を人がプロンプト内で与え、「あなたの知識で補完しないでください」と明示します。それでも補完してくる場合は、「割増率について言及したら出力を中断してください」と条件を強めます。
例2:条番号が「労基法37条4項」と「37条5項」で揺れる。 これはAIの誤りとも言い切れません。前述のとおり、愛知労働局の資料は現在も37条4項と記載しており、公的資料自体が食い違っているためです。直し方は、条番号をAIに出力させず、人がe-Gov法令検索の現行条文で確定させること。プロンプト4・5で条番号の出力を禁じているのはこの理由によります。
例3:規程にない手当を勝手に補って表を作る。 一般的な賃金規程の型を当てはめてしまう現象です。直し方は、「貼り付けた規程本文に明記されている項目のみを対象とし、本文に存在しない項目は追加しないでください。判断に必要な情報が本文にない場合は『規程に記載なし』と書いてください」という制約を追加します。網羅性を求める指示と、創作を禁じる指示は必ずセットにします。
情報の取り扱いと、一次ソース参照型の専門AIという選択肢
賃金規程や賃金台帳は、顧問先の機微情報です。汎用の対話型AIに貼り付ける前に、そのサービスの入力データが学習に利用される設定になっていないか、事務所として利用範囲を定めているかを確認してください。個人名・事業場名を伏せ字にしてから貼る運用も有効です。
士業AI では、士業の実務を想定した専門AIを用意しています。労務・法務の条文リサーチや文書レビューを扱う法務AI(司法書士・弁護士向け)、税理士向けの税務AI、会計士向けの会計AI、文書作成・メール・要約を担う汎用の業務効率化AIがあり、いずれも日本語の業務文書に強い設計です。クレジットカード不要・メール登録のみで無料から試せます。給与計算の担当者や事務スタッフに使ってもらう場合は、Excel関数や文書作成をカバーする汎用AI(士業AI の経理・事務スタッフ向けプラン)のほうが日常業務に馴染みます。
ただし、どのAIを使う場合でも本記事の大原則は変わりません。割増率・金額・期限・条番号は一次資料で人が確認する。 AIは、調べる範囲を絞り、抜けを潰し、説明を組み立てるための道具です。労務分野でのプロンプトの型をもっと広く揃えたい場合は、社労士のChatGPTプロンプト集|労務・社会保険で使える実例10選も参照してください。
2026年時点の注意点 ─ 「大改正」はまだ来ていない
最後に、2026年9月時点の法状態を整理しておきます。ここを誤解したまま規程を触ると、施行されていない規制を先取りして自社を縛ることになります。
2026年7月の労基法改正は災害補償の時効に関するもの
2026年7月17日に、労働基準法を含む改正法が公布されています。改正法は「労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第60号)で、2026年7月10日に可決成立し、同月17日に公布されました。「2026年に労基法が改正された」という情報自体は正しいのですが、割増賃金とは無関係です。
厚生労働省の通達(基発0717第2号 令和8年7月17日)の労働基準法部分の原文は、「第3 労働基準法の一部改正 1 災害補償の請求権の消滅時効の期間について、第1の4に準じた改正を行う。(第115条第2項関係)2 その他所要の改正を行う。」というものです。労基法115条2項(災害補償請求権の消滅時効)に関する技術的な改正で、しかも同通達によれば施行は原則として2027年(令和9年)4月1日であり、2026年9月時点では未施行です。e-Gov法令検索の現行施行版で115条を確認すると、条文はいまも第1項だけで第2項はありません。いずれにせよ37条(割増賃金)・32条・36条(労働時間規制)には影響しません(労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第60号)について)。
議論中の論点を先取りして規程に入れてはいけない
労働時間法制について、厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会で議論が続いていることは事実です。ただし、公開資料を確認する限り、労働時間法制を扱った直近の分科会は第206回(2025年12月24日)で、2026年に入ってからの第207〜210回の議題は「働き方改革の『総点検』」や資金移動業者の口座への賃金支払制度等であり、労基法本体の労働時間法制の本格審議は行われていません。
議論の土台になっているのは、厚生労働省の労働基準関係法制研究会が2025年1月に公表した報告書です。割増賃金率について同報告書は「割増賃金の意義や見直しの方向性については様々な意見が出ているところであるが、どのような方策をとるにしても十分なエビデンスを基に検討される必要がある。割増賃金に係る実態把握を含めた情報収集を進め、中長期的に検討していく必要がある」としており、結論は出ていません(労働基準関係法制研究会報告書)。連続勤務規制についても、同報告書の文言は「36協定に休日労働の条項を設けた場合も含め、精神障害の労災認定基準も踏まえると、2週間以上の連続勤務を防ぐという観点から、『13日を超える連続勤務をさせてはならない』旨の規定を労働基準法上に設けるべきであると考えられる」というもので、13日を超える連続勤務(=14日以上の連続勤務)の禁止を提言した段階にとどまります。法定労働時間についても、週40時間そのものではなく「法定労働時間週44時間の特例措置」の扱いが論点として並んでおり、やはり議論中です。
2026年9月時点で、割増賃金・労働時間規制について成立した労基法改正はありません。 顧問先から「連続勤務が14日で禁止になると聞いた」と相談されたら、まず議論中であることと、報告書の文言が「13日を超える連続勤務」であって14日ではないことを説明してください。数字が1日ずれた情報が広まりやすい論点です。改正法案の提出見送りに至った経緯は、労働基準法改正2026は提出見送り|確定した法改正と企業の対応チェックリストで整理しています。
よくある質問(FAQ)
月60時間超の50%は中小企業も対象ですか?
対象です。中小企業への適用猶予は2023年4月1日に終了しました。厚生労働省・中小企業庁のリーフレットは「(2023年4月1日から)大企業、中小企業ともに50%」と明記しています。猶予の根拠条文だった労働基準法138条は、現行の労働基準法から削除されており存在しません(附則で第137条の次が第139条になっています)。ただし、厚生労働省の「確かめよう労働条件」には2026年9月時点でも猶予を現在形で記載した箇所が残っているため、そのページだけを見て判断しないでください。
管理職に残業代は不要ですか?
「管理職」という肩書きではなく、労働基準法41条2号の管理監督者(事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者)に当たるかどうかで判断され、これは実態で決まります。そして重要なのは、41条による適用除外の対象が労働時間・休憩・休日の規定である点です。深夜割増を定める法37条4項は適用除外の対象に含まれないため、管理監督者に該当する場合でも深夜労働に対する割増賃金は別途必要です。役職者の深夜勤務があるのに深夜割増を払っていない、という設計ミスは実務でしばしば見つかります。
通勤手当は必ず除外できますか?
必ずではありません。除外できるかどうかは名称ではなく実質で判断します。通勤の実費や距離に連動して支給されている通勤手当は法37条5項の通勤手当として除外できますが、通勤の実態にかかわらず全員に一律定額で支給しているものは、実質的に基本給の一部として算定基礎に算入すべき性質のものです。厚生労働省の「確かめよう労働条件」は、除外できる7項目は「名称ではなく実質によって判断します」としたうえで、住宅手当を例に「全員に一律で支払われている場合には、その一律部分は算定基礎に含めます」としています。通勤手当についても同じ判断枠組みで考えることになりますが、通勤手当そのものを例示した公的ページは確認できませんでした。個別の設計が一律定額に近い場合は、労働基準監督署に確認するのが確実です。
1日30分単位で残業を切り捨ててもよいですか?
できません。都道府県労働局・労働基準監督署のリーフレット「労働時間を適正に把握し正しく賃金を支払いましょう」は「1日ごとに、一定時間に満たない労働時間を一律に切り捨て、その分の賃金を支払わないことは、労働基準法違反となります」と明記し、「残業申請は、30分単位で行うよう指示」を違反例として挙げています。京都労働局も「日々の時間外労働等の時間数について、30分未満の端数を切り捨てて処理することは認められません」としています。認められるのは、基発150号が示す1か月合計での30分未満切り捨て・30分以上切り上げの処理です。なお、1日の労働時間を切り上げて賃金を支払うことは問題ありません。
固定残業代を払っていれば追加の残業代は不要ですか?
不要にはなりません。厚生労働省のスタートアップ労働条件Q&Aは、固定残業代の金額が労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、その差額を支払う必要があるとしています。固定残業代は「その時間数までの前払い」であって、上限を設定するものではありません。加えて、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分が判別できない設計や、対価性を欠く設計の場合は、固定残業代としての効力自体が認められず、別途に割増賃金の支払義務が生じます。
月平均所定労働時間数は何年も同じ数字を使い続けてよいですか?
望ましくありません。労基則19条1項4号が例外として認めるのは「一年間における一月平均所定労働時間数」であり、その年の年間所定休日日数を前提とした数値です。祝日が土曜と重なる日数は年によって変わり、会社が所定休日を追加すれば年間所定休日日数も変わります。年間カレンダーを確定するタイミングで再計算し、暦日数・所定休日日数・1日の所定労働時間・算出結果を記録として残す運用にしてください。雇用区分ごとに1日の所定労働時間が異なる場合は、区分ごとに別の数値が必要です。
AIに残業代を計算させてもよいですか?
計算過程の言語化・検算・説明文の下書き・規程からの手当の洗い出しは任せてよい仕事です。一方で、割増率・金額・期限・条番号をAIの出力のまま採用するのは避けてください。月60時間超の割増率について、Web上には2023年3月以前の「中小企業は猶予」という記述が大量に残っており、厚生労働省のページにすら旧記述が残っています。AIには割増率を人がプロンプトで与え、「あなたの知識で補完しないでください」と明示する設計が安全です。最終確認は、e-Gov法令検索の現行条文と厚生労働省の一次資料で人が行います。
参考文献
- e-Gov法令検索「労働基準法」
- e-Gov法令検索「労働基準法施行規則」
- e-Gov法令検索「労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令」
- 厚生労働省「時間外・休日労働と割増賃金|確かめよう労働条件」
- 厚生労働省・中小企業庁「2023年4月1日から 月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます」(PDF)
- 都道府県労働局・労働基準監督署「労働時間を適正に把握し正しく賃金を支払いましょう」(PDF・厚生労働省サイト掲載)
- 愛知労働局「賃金計算の端数の取扱い(昭和63年3月14日 基発第150号より)」(PDF)
- 愛知労働局「割増賃金の基礎となる賃金について」(PDF)
- 京都労働局「割増賃金(労基法第37条)算定方式」(PDF)
- 厚生労働省「割増賃金の算定におけるいわゆる在宅勤務手当の取扱いについて(令和6年4月5日 基発0405第6号)」
- 厚生労働省「固定残業代を支払うこととすれば、残業や休日勤務をさせても別途に残業代を支払わなくてよいでしょうか?|スタートアップ労働条件」
- 厚生労働省・都道府県労働局・ハローワーク「固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。」(PDF)
- 裁判所「平成29年(受)第842号 未払賃金請求控訴,同附帯控訴事件 平成30年7月19日 第一小法廷判決」(PDF)
- 裁判所「平成30年(受)第908号 賃金請求事件 令和2年3月30日 第一小法廷判決」(PDF)
- 厚生労働省「労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第60号)について」
- 厚生労働省「労働基準関係法制研究会報告書」(PDF)

