106万円の壁は2026年10月に撤廃予定|130万円の壁と適用拡大の早見表
この記事で分かること(結論ファースト)
「106万円の壁は結局いつ撤廃されるのか」「130万円の壁はどうなるのか」 ― 顧問先からいま最も質問が飛んでくるテーマです。結論から先に置きます。106万円の壁(賃金要件=所定内賃金 月額8.8万円以上)は令和8(2026)年10月1日に撤廃されます(2026年9月11日公布の政令で施行日が確定しました)、企業規模要件は令和9(2027)年10月から令和17(2035)年10月にかけて段階的に撤廃されます。一方で130万円の壁(被扶養者認定)は残ったままで、しかし認定の「やり方」が変わりました。
つまり2026年10月以降、「106万円の壁」は実質的に「週20時間の壁」に置き換わります。本記事では、この3つの壁を通称ではなく要件の言葉に翻訳したうえで、どのパート従業員がいつ加入対象になるかを判定できる早見表と、顧問先に配る案内文の作り方まで落とします。
本記事は2026年9月17日時点で確認できた一次情報に基づいて更新しています。2026年9月11日の官報(号外第203号)で施行期日を定める政令が公布され、賃金要件の撤廃日が「予定」から確定に変わりました。ただし後述のとおり、厚生労働省・日本年金機構の解説ページの表記は本記事更新時点でまだ追いついていません。顧問先案内では必ず最新の公式発表を確認してください。
- 2026年9月30日までの短時間労働者の加入要件と、「106万円」という数字の正体
- 賃金要件撤廃の施行日が確定した経緯(2026年9月11日公布の政令)と、公式サイトの表記がまだ「予定」のままである理由
- 2026年10月1日をまたいで事業所が実際に動かす手順(対象者の抽出・資格取得届・給与計算・扶養の付け替え)
- 企業規模要件の引下げスケジュールと、顧問先ごとの「Xデー」の出し方
- 130万円の壁で2026年に変わった実務(労働契約内容による年間収入判定)
- 所得税の壁(令和7年度税制改正)との違いと、顧問先が必ず混同するポイント
- 加入判定シミュレーションと案内文の下ごしらえにAIを使う手順と、AIに任せてはいけない一線
読み終える頃には、どのパート従業員がいつ加入対象になるかを自分で判定でき、顧問先への案内文まで手が動く状態になります。
「壁」を要件の言葉に翻訳する ― 106万円と130万円は別制度
顧問先との会話が噛み合わなくなる原因は、ほぼ例外なく「106万円」と「130万円」と「103万円(現在は160万円)」を同じ土俵で語ってしまうことにあります。実務では、まずこの3つがそれぞれ別の制度の別の判定であることを分解して伝えるのが出発点です。
106万円の壁=短時間労働者本人が勤務先で被用者保険に入る話
前提として、そもそも所定労働時間・所定労働日数が通常の労働者の4分の3以上であれば、短時間労働者の議論を待たず一般の被保険者として加入します。「壁」の話が問題になるのは4分の3未満の方です。そのうえで短時間労働者が被保険者となるには、日本年金機構が示すとおり、(ア)週の所定労働時間が20時間以上、(イ)所定内賃金が月額8.8万円以上、(ウ)学生でないこと、をすべて満たす必要があります(短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大|日本年金機構)。加えて、2か月以内の期間を定めて使用される方などは加入対象から除かれるため、実務上は2か月を超える雇用の見込みも要件として扱います。そして勤め先が従業員数51人以上(厚生年金保険の被保険者数で判定)であることが、現行の企業規模要件です。
ここで重要なのは、「106万円」という数字はどこにも条文として存在しないという点です。月額8.8万円を12倍した年収換算の目安が105.6万円になるため、通称として106万円と呼ばれているにすぎません。しかも所定内賃金からは、賞与・残業代などの割増賃金に加えて、通勤手当・家族手当・精皆勤手当も除かれます。「年収が106万円を超えたら加入」と説明すると、顧問先はほぼ確実に判定を間違えます。
130万円の壁=配偶者や親の被扶養者でいられるかの話
130万円の壁は、本人が加入するかどうかではなく、被保険者の被扶養者として認定されるかどうかの基準です。制度も判定主体も別で、認定は健康保険組合、または協会けんぽ管掌の場合は日本年金機構が行います。106万円の壁を越えて自分で加入した人は、そもそも130万円の判定を待たずに扶養から外れます。
103万円(160万円)の壁=所得税の話で、社会保険とは無関係
所得税の壁は税制の話であり、社会保険の加入判定にはまったく影響しません。案内文では「税金の話」と「社会保険の話」を必ず章立てで分けるのが実務のコツです(改正内容は後述)。
106万円の壁(賃金要件)の撤廃 ― 2026年10月1日で施行日が確定した
2025年6月13日に成立し、同月20日に公布された「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律」(令和7年法律第74号)により、短時間労働者の適用要件のうち賃金要件が撤廃されることが決まりました(年金制度改正法が成立しました|厚生労働省/令和7年度年金制度改正法が6月20日に公布されました|厚生労働省)。
施行日は2026年9月11日公布の政令で確定した
ここは顧問先案内で最も慎重を要してきた部分ですが、2026年9月に決着しました。順を追って整理します。
まず法律の建て付けです。改正法は賃金要件の撤廃について、施行期日を「公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日」(改正法附則第1条第1項第9号)とするにとどめていました(改正の概要|厚生労働省)。つまり法律の本文に「2026年10月1日」と書いてあったわけではありません。日付は政令に委ねられていたため、長らく公式資料でも「撤廃予定」と書かれていました。
その政令が2026年(令和8年)9月11日の官報(号外第203号)で公布されました。令和8年政令第275号「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律の一部の施行期日を定める政令」です。条文は短く、改正法附則第1条第1項第9号に掲げる規定(確定拠出年金法に関する一部の改正規定を除く)について「施行期日は、令和八年十月一日とする」と定めています(官報 令和8年9月11日 号外第203号 7頁|国立印刷局)。同じ日に、施行に伴う関係政令の整備に関する政令(令和8年政令第276号)も公布されています。
これで「106万円の壁(賃金要件)は2026年10月1日に撤廃される」は、予定ではなく確定した事実になりました。顧問先案内から「予定」の二文字を外して構いません。
なお、意見公募の段階では関係政令の公布日は令和8年7月上旬(予定)と示されていました(厚生年金保険法施行令等の一部を改正する政令案について(概要)|厚生労働省年金局年金課)。実際の公布は9月11日で、公布日の「予定」は2か月ずれた一方、施行日の令和8年10月1日は予定どおりでした。制度型の案内で「予定」を扱うときは、ずれるのは公布日で、施行日はめったにずれないという感覚を持っておくと、顧問先への説明の温度を間違えません。
公式サイトの表記はまだ「撤廃予定」のまま ― 案内文でどう書くか
ここが本記事で最も実務的な注意点です。官報で政令が公布されたあとも、厚生労働省が令和8年1月に作成したリーフレットも、日本年金機構の解説ページも、2026年9月17日時点で「令和8年10月に撤廃予定」という表記のままでした(短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント|厚生労働省/短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大|日本年金機構)。厚生労働省の解説ページに至っては、撤廃時期を「法律の公布から3年以内で、全国の最低賃金が1,016円以上となることを見極めて判断します」と書いたままです(社会保険の加入対象の拡大について|厚生労働省)。
これは矛盾ではなく、官報(法令の正本)が先に動き、解説ページの更新が後から追いつくという、制度改正では毎回起きる時間差です。実務上の扱いは次のとおりです。
- 事務所の判断・スケジュールは官報に合わせる:施行日は令和8年10月1日で確定。準備を止める理由はありません。
- 顧問先に配る文書では根拠を政令にする:「厚労省のページにまだ予定と書いてある」と指摘されたときに備え、案内文の脚注に「令和8年政令第275号(令和8年9月11日公布)により施行日は令和8年10月1日と定められています」と一行入れておくと、問い合わせが一往復減ります。
- 解説ページのスクリーンショットを根拠にしない:公的機関のページであっても、更新日が古ければ内容も古いままです。日本年金機構のページの更新日は2026年4月17日でした。
なぜ「時給1,016円」が撤廃の引き金なのか
誤解されがちですが、法律は施行日を「公布から3年以内の政令で定める日」と定めるにとどめており、最低賃金と自動連動する規定があるわけではありません。最低賃金の上昇は、その日を令和8年10月1日と判断する根拠として厚生労働省が挙げているものです。理由は単純な算数で、時給1,016円以上で週20時間働くと月額賃金が自動的に8.8万円以上になるためです。意見公募資料でも、令和8年4月1日以降は全都道府県で最低賃金が1,016円以上となったことが、施行日を令和8年10月1日とする判断の理由として示されています。厚生労働省のリーフレットも「今般、全ての都道府県で令和7年度地域別最低賃金が時給1,016円を超えた」ことを撤廃の根拠として挙げています。
この構造を理解しておくと、顧問先への説明が一段わかりやすくなります。「壁がなくなる」のではなく、「最低賃金が上がった結果、週20時間働けば誰でも賃金要件を自動的に満たすようになったので、要件として意味を失った」という順序です。最低賃金改定そのものの顧問先対応は最低賃金の改定対応と顧問先案内の実務で別途整理しています。
撤廃後も残る例外 ― 最低賃金の減額特例
「週20時間なら全員加入」と単純化しすぎるのも危険です。最低賃金法には一定の場合に最低賃金の減額を許可する特例(最低賃金法第7条)があり、この特例の対象となる短時間労働者のうち報酬が月額8.8万円未満の方は、当分の間、厚生年金保険の被保険者としないこととされています。改正法はこの方たちを「特定減額特例対象者」(厚生年金保険法附則第4条の6第1項)と呼んでおり、意見公募資料では「適用事業所に使用される、70歳未満の短時間労働者のうち、最低賃金法第7条の規定の適用を受ける労働者であって、報酬が8.8万円未満である者」と定義されています。
ただし本人の申出により任意で加入することは可能で、この申出に伴う資格取得日の扱いなどは、賃金要件撤廃と同じ2026年10月1日施行の関係政令(令和8年政令第276号)で整備されました。障害のある方を雇用する顧問先では実際に論点になるため、10月1日以降の対象者リストを作るときは「最低賃金の減額特例の許可を受けている人がいないか」を必ず1行入れて確認してください。ここを見落とすと、加入させなくてよい人まで資格取得届を出すことになります。
事業主負担を軽くする「保険料調整制度」
適用拡大では、労働者の手取り減少が最大の摩擦になります。改正法では、労使折半を超えて事業主が保険料を多く負担し、被保険者の負担を軽くできる仕組み(保険料調整制度)が設けられました。事業主が追加負担した分は、その全額を制度全体で支援するとされています。厚生労働省が示している枠組みは次のとおりです(社会保険の加入対象の拡大について|厚生労働省)。
- 対象者:従業員数50人以下の企業などで働き、企業規模要件の見直しなどにより新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者で、標準報酬月額が12.6万円以下の方
- 期間:3年間
- 利用の形:事業主が希望する場合に、事業主の負担割合を増やして被保険者の負担を軽減する
企業規模要件の引下げが始まるのは2027年10月からなので、この制度が本格的に効いてくるのはそれ以降です。ただし企業規模要件を満たさない顧問先が任意特定適用事業所として2026年10月以降に任意加入する場合も、3年間の支援の対象になると案内されています。顧問先の資金計画に直結するため、任意加入を提案するときは必ずコスト試算とセットで出してください。
企業規模要件の段階的撤廃 ― 顧問先ごとの「Xデー」を先に出す
改正法では、企業規模要件を令和9(2027)年10月1日から令和17(2035)年10月1日までの間に段階的に撤廃すると定められています。第1段階については日本年金機構も「令和9年10月から、厚生年金保険の被保険者数が36人以上の企業等で働く短時間労働者は、健康保険・厚生年金保険の加入対象となります」と確定表現で案内しています(短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大|日本年金機構)。厚生労働省のリーフレットに示された段階は次のとおりです。
時期 | 企業規模要件(厚生年金保険の被保険者数) |
|---|---|
現在(令和9年9月まで) | 従業員51人以上 |
令和9(2027)年10月から | 従業員36人以上 |
令和11(2029)年10月から | 従業員21人以上 |
令和14(2032)年10月から | 従業員11人以上 |
令和17(2035)年10月から | 従業員10人以下(=要件撤廃) |
社労士としての付加価値は、この表をそのまま配ることではありません。顧問先名簿に「被保険者数」の列を作り、各社が何年10月に該当するかを先回りして一覧化することです。従業員40人の顧問先には「御社は2027年10月です」と言い切れる状態を作っておくと、問い合わせ対応が提案に変わります。
個人事業所の非適用業種が解消される(令和11年10月1日)
見落とされがちですが、影響が大きいのがこちらです。改正法では、常時5人以上を使用する個人事業所の非適用業種を解消し、被用者保険の適用事業所とするとされ、施行期日は令和11(2029)年10月1日です。士業事務所・飲食業・理美容業など、これまで適用対象外だった業種の個人事業所が対象になります。
ただし既存事業所は経過措置として当分の間適用しないとされています。つまり2029年10月時点で既にある事業所はすぐには対象にならず、新規開設の事業所から適用される設計です。顧問先が新規開業や法人成りを検討している場合、この経過措置の有無は判断材料になります。
要件を満たさなくても加入できる「任意特定適用事業所」
企業規模要件を満たさない企業でも、従業員の2分の1以上の同意があれば短時間労働者を社会保険に加入させることができます。人材確保の観点から先行して加入したい顧問先には有力な選択肢です。「うちはまだ対象外だから関係ない」と言われたときに、この選択肢を提示できるかどうかで相談の深さが変わります。
130万円の壁は残っている ― ただし認定の「やり方」が変わった
106万円の話題が大きいせいで見落とされがちですが、被扶養者認定の130万円基準そのものは維持されています。そして2025年から2026年にかけて、認定実務のほうが静かに、しかし大きく変わりました。
労働契約の内容で年間収入を判定する取扱い
従来、被扶養者認定における年間収入は、過去の給与明細や課税証明書などから将来1年間の収入見込みを判定していました。これに対し厚生労働省は、労働契約段階で見込まれる収入によって認定を行う取扱いを通知しています(令和7年10月1日付け保保発1001第3号・年管管発1001第3号)。日本年金機構は令和8年4月1日以降の取扱いとして案内しています(労働契約内容による年間収入での被扶養者の認定の取り扱いについて|日本年金機構)。
この取扱いの趣旨は、厚生労働省のQ&A(令和8年3月9日事務連絡・第2版)によれば就業調整対策の観点から被扶養者認定の予見可能性を高めることにあります。実務上のポイントは3つです。
- 判定材料:労働条件通知書・雇用契約書など労働契約の内容が確認できる書類に記載された時給・労働時間・日数から年間収入見込額を算出する。ここでいう賃金は労働基準法第11条の賃金で、諸手当・賞与も含まれます。106万円判定の「所定内賃金」は通勤手当・家族手当・賞与を除くので、2つの判定で賃金の範囲が違う点は取り違えの多発地帯です。
- 臨時収入は含めない:労働契約に明確な規定がなく契約段階では見込みにくい時間外労働の賃金等は、年間収入に含めない。契約段階で見込みがなかった以上、認定時点で残業が発生していても契約内容で判定する。
- 判定できない場合は従来どおり:「シフト制による」など労働時間の記載が不明確な場合、契約期間が1年に満たない場合、「通勤手当有」のように手当額が特定できない場合は、給与明細書・課税(非課税)証明書等で判定する。
添付書類として、労働契約内容がわかる書類に加えて、認定を受ける方本人による「給与収入のみである」旨の申立書が必要とされています(被扶養者異動届の申立書欄に記載すれば別途添付は不要)。給与以外に年金収入や事業収入がある場合は、従来どおり給与明細書・課税証明書等での判定になります。
ここまで整理すると分かるとおり、この改正の実質は「労働条件通知書の書き方が被扶養者認定の結果を左右するようになった」ということです。シフト制で時間数が曖昧な通知書のままでは、この取扱いの恩恵を受けられません。通知書の記載事項そのものの整備は労働条件通知書の明示事項と記載例で扱っています。
19歳以上23歳未満は150万円未満に引上げ
扶養認定を受ける方(被保険者の配偶者を除く)が19歳以上23歳未満である場合、年間収入要件は130万円未満から150万円未満に引き上げられました。適用は扶養認定日が令和7年10月1日以降のものからです(19歳以上23歳未満の方の被扶養者認定における年間収入要件が変わります|日本年金機構)。60歳以上の方や障害厚生年金を受けられる程度の障害者の180万円未満という基準は従来どおりです。
年齢は認定日の属する年の12月31日時点で判断される点、また令和7年10月1日より前に遡って認定する場合は従来の130万円基準が適用される点が、現場で間違えやすい箇所です。
一時的な収入変動への事業主証明
繁忙期対応などで一時的に年収が130万円以上となった場合でも、事業主の証明を添付することで、原則として連続2回まで被扶養者のまま継続できる取扱いが令和5年10月から実施されています(「年収の壁」への対応|厚生労働省)。「もう扶養から外れるしかない」と諦めている顧問先に、この選択肢を提示できると相談価値が高まります。
所得税の壁との違い ― 令和7年度税制改正で「103万円」は動いた
顧問先が最も混同するのが税の壁です。令和7年度税制改正により、所得税の基礎控除と給与所得控除が見直され、特定親族特別控除が創設されました。原則として令和7年12月1日に施行され、令和7年分以後の所得税について適用されます(令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について|国税庁)。
- 基礎控除:合計所得金額132万円以下は95万円(改正前48万円)など、合計所得金額に応じた区分に改正。ただし132万円超の区分の上乗せ(88万円・68万円・63万円)は令和9年分以後は58万円に戻る時限的な措置である点に注意。
- 給与所得控除:最低保障額が55万円から65万円に引上げ。
- 特定親族特別控除の創設:19歳以上23歳未満で合計所得金額58万円超123万円以下の親族1人につき、その合計所得金額に応じて最高63万円を控除。
給与収入のみの方であれば、給与所得控除65万円と基礎控除95万円を合わせた160万円までは所得税が生じない計算になります。これが「103万円の壁が160万円になった」と報じられている中身です。
ここで社労士が押さえるべきは、税の壁が160万円に動いても、社会保険の壁は連動しないという一点です。「税金がかからないなら社会保険も大丈夫」と考えている顧問先の担当者は珍しくありません。案内文では次の対応表を添えると誤解が激減します。
通称 | 制度 | 判定するもの | 2026年10月1日時点の状況 |
|---|---|---|---|
103万円→160万円の壁 | 所得税 | 本人に所得税がかかるか | 令和7年度税制改正で控除額を見直し済み |
106万円の壁 | 健康保険・厚生年金保険 | 本人が勤務先で加入するか | 2026年10月1日に賃金要件を撤廃(令和8年政令第275号で確定) |
130万円の壁 | 健康保険(被扶養者) | 家族の被扶養者でいられるか | 基準は維持。認定の運用が変更 |
なお、社会保険とは別に、2026年10月1日には短時間・有期雇用労働者の労働条件明示のルールも変わります。詳細は後述の実務手順にまとめました。
2026年10月1日をまたいで何をするか ― 事業所側の実務手順
ここからが給与計算をする経理担当者・社労士の本番です。10月1日は日付が変わった瞬間に自動で処理が終わる種類の改正ではなく、対象者を自分で洗い出して届け出る必要があります。順番に並べます。
9月中にやること ― 新たに加入対象になる人のリストを作る
探すのは、いま加入していないが、10月1日から加入対象になる人です。条件で書くとこうなります。
- 勤め先が厚生年金保険の被保険者数51人以上の特定適用事業所(または任意特定適用事業所、国・地方公共団体に属する事業所)である
- 所定労働時間・所定労働日数が通常の労働者の4分の3未満(4分の3以上なら、そもそも一般の被保険者として加入済みのはず)
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 所定内賃金が月額8.8万円未満だったために、これまで加入対象から外れていた
- 学生ではない/2か月を超えて雇用される見込みがある
- 最低賃金の減額特例(特定減額特例対象者)に当たらない
現実には、時給が上がって既に8.8万円を超えている方がほとんどです。実際に新たに加入対象になるのは、週20時間ちょうど前後で、かつ通勤手当や精皆勤手当を除いた所定内賃金が8.8万円に届いていなかった層に絞られます。ここを説明せずに「10月から全員加入です」と案内すると、無用な混乱を招きます。
10月1日以降にやること ― 資格取得届と、給与計算の申し送り
該当者については、事業主が「被保険者資格取得届」を日本年金機構(または健康保険組合)へ提出します。厚生労働省のリーフレットも、週20時間以上働く方については資格取得届の提出が必要であると明記しています。あわせて、給与計算側では次の3点を事前に決めておくと事故が減ります。
- 保険料の控除を何月支給分から始めるか:事業所が当月控除か翌月控除かで開始月が変わります。給与ソフトの設定と、担当者の頭の中を必ず一致させてから10月を迎えてください。ここが最も問い合わせの多い箇所です。
- 該当者本人への事前通知:手取りが変わるため、10月支給分の給与明細が出てから説明するのでは遅すぎます。9月中に一度、金額の目安を添えて知らせておきます。
- 年末調整への波及:年の途中から社会保険料が増えるため、社会保険料控除の額が前年と変わります。年末調整の準備段階で、10月以降に加入した人のリストを再利用できるようにしておきます。
扶養から外れる人の「相手側」の手続きを忘れない
本人が勤務先で健康保険・厚生年金保険に加入すると、配偶者や親の被扶養者ではなくなります。この付け替えは、本人の勤務先だけでは完結しません。
- 扶養していた側(配偶者・親)の勤務先で被扶養者(異動)届を提出し、被扶養者から外す
- 本人が国民年金の第3号被保険者だった場合は、第2号被保険者への切替えが生じる
- 顧問先が「扶養していた側」の会社であるケースもあるため、顧問先の従業員の配偶者がパート勤務をしていないかという逆方向の確認も、10月は意識しておく
届出の手順・様式・期限そのものは社会保険の届出事務とミス防止の実務で整理しています。
同じ10月1日に重なる、もう1つの改正
2026年10月1日には、短時間・有期雇用労働者に対して雇入れ時に「通常の労働者との待遇の相違の内容・理由等について説明を求めることができる旨」を労働条件として明示することが省令改正により追加され、あわせて同一労働同一賃金ガイドライン等の告示も改正されます(2026年10月からパートタイム・有期雇用のルールが変わります|厚生労働省 Webマガジン/同一労働同一賃金特集ページ|厚生労働省)。対象となる従業員層がほぼ重なるため、顧問先向けの説明会は「2026年10月に何が変わるか」で束ねるのが効率的です。労働条件通知書の様式変更もセットで提案できます。
顧問先案内をAIで下ごしらえする ― 判定シミュレーションと案内文
ここからは実務の時短パートです。AI(ChatGPTのような生成AI=文章を作ったり整理したりできるAI)は、制度の期日を調べさせる用途にはまったく向きませんが、こちらが確定情報を渡したうえで、判定を整理させたり文章に整えたりする用途では非常に強いです。この線引きが、社労士がAIを安全に使うための唯一かつ最大のルールです。
加入判定シミュレーションの下書きを作らせる
顧問先から届くのは、たいてい「うちのパートさん、結局どうなるんですか」という粒度の質問です。個別判定の観点出しをAIに整理させると、確認漏れが減ります。
あなたは社会保険手続きに詳しい社労士のアシスタントです。下記の【確定情報】だけを根拠に、パート従業員の社会保険加入判定を表形式で整理してください。【確定情報】にない期日や数値は「要確認」と書き、絶対に推測で補わないでください。【確定情報】- 現行の短時間労働者の加入要件:週の所定労働時間20時間以上/ 所定内賃金 月額8.8万円以上/2か月を超える雇用の見込み/学生でない/ 従業員51人以上の企業- 賃金要件は令和8(2026)年10月1日に撤廃(確定) 根拠:令和8年政令第275号(令和8年9月11日公布) ※撤廃後も週20時間以上・学生でない・2か月超の雇用見込み・ 企業規模要件は残る- 最低賃金の減額特例の対象者(特定減額特例対象者)で報酬が 月額8.8万円未満の人は、当分の間、加入対象外(申出により任意加入は可)- 企業規模要件:2027年10月から36人以上、2029年10月から21人以上、 2032年10月から11人以上、2035年10月から10人以下【顧問先の状況】- 会社名:【顧問先名】- 厚生年金保険の被保険者数:【人数】人- 対象者:【従業員名】週の所定労働時間【時間】時間/ 所定内賃金 月額【金額】円/雇用期間【期間】/学生【該当・非該当】【出力】1. 現時点で加入対象か(該当する要件・しない要件を明示)2. 2026年10月以降はどうなるか3. 企業規模要件の引下げにより、この会社が該当する年月4. 判定にあたって追加で確認すべき事項うまくいかない例と直し方:「106万円の壁について教えて」とだけ聞くと、学習データの時点が古いAIは撤廃前の制度を現行として答えたり、施行日を断定して答えたりします。直し方は、期日と数値を必ず【確定情報】として自分で与え、「ないものは要確認と書け」と明示すること。これだけでハルシネーション(AIが事実でないことをもっともらしく述べる現象)の大半は防げます。
顧問先向けの案内文に整える
判定が固まったら、総務担当者が社内で使える文章に落とします。
下記の【確定情報】をもとに、顧問先の総務担当者からパート従業員へ配布する案内文を作成してください。制度用語は初出で1行の補足を入れ、税金の話と社会保険の話は必ず見出しを分けてください。断定を避けるべき事項には「現時点の予定です」と明記してください。【確定情報】(判定シミュレーションの結果を貼り付け)【前提】配布時期:【年月】/対象:週20時間以上勤務のパート従業員【トーン】不安をあおらず、手取りへの影響と手続きの流れを淡々と説明する【分量】A4で1枚程度うまくいかない例と直し方:トーン指定なしで作らせると「大きな負担増となります」といった煽り表現が混ざり、従業員の動揺を招きます。直し方は、トーンと分量と読み手を必ず指定すること。案内文の型そのものは社労士のChatGPTプロンプト集に業務別でまとめています。
AIに絶対にやらせてはいけないこと
制度・時事テーマでAIを使ううえでの一線を、最後に明確にしておきます。
- 施行日・金額・要件をAIに答えさせない:本記事は当初、賃金要件の撤廃日を「予定」として書いていました。ところが2026年9月11日に政令が公布されて確定に変わり、それでも厚生労働省と日本年金機構の解説ページは「撤廃予定」の表記のままです。AIが参照するのはたいてい後者です。官報で確定しているのに、公式サイトの表記が追いついていない期間が現に存在する ― この温度差は、一次情報を自分で当たった人間にしか判断できません。
- 一次情報のURLをAIに作らせない:もっともらしい厚生労働省のURLを生成することがありますが、存在しないページであることが珍しくありません。リンクは必ず自分でアクセスして確認します。
- 最終判断を委ねない:出力はあくまで下書きです。届出そのものの手順・様式・期限は社会保険の届出事務とミス防止の実務で整理しているとおり、社労士自身が一次情報で確認して確定させてください。
逆に言えば、確定情報を人間が与えたあとの「整理・翻訳・文章化」は、AIに任せて構いません。そしてここが、社労士事務所で最も時間を吸われている工程でもあります。
士業AI は、こうした事務所の書き仕事を想定して設計した日本語特化のAIサービスです。顧問先向け案内文の作成やメール返信の下書きはもちろん、給与計算の検算観点の洗い出しや労務相談への一次回答ドラフトまで、汎用なんでもAI・メール返信AI がまとめてカバーします。クレジットカード不要・メール登録のみで数分から試せるので、まずは今回の適用拡大の案内文を1本作らせてみるのが分かりやすい入り口です。給与計算まわりの検算は給与計算のチェックと社会保険料確認のプロンプト集、相談対応は労務相談の回答ドラフト作成もあわせてご覧ください。社労士業務での具体的な使いどころは社労士・事務所スタッフ向けの活用イメージにまとめています。
こうした制度改正の案内を顧問先へ出すのは、事務所スタッフの実務です。スタッフが生成AIを使いこなせるようになる研修の設計・教材づくりについては、生成AI研修のカリキュラムと教材テンプレの作り方をご覧ください。
よくある質問
2026年10月に賃金要件が撤廃されると、週20時間未満のパートも加入するのですか
いいえ。撤廃されるのは月額8.8万円以上という賃金要件であり、週の所定労働時間20時間以上という要件は残ります。したがって「106万円の壁」は実質的に「週20時間の壁」に置き換わる、と説明すると顧問先に伝わりやすくなります。
従業員50人以下の顧問先は、当面何もしなくてよいのですか
企業規模要件により当面は対象外ですが、2027年10月から36人以上へ引き下げられます。被保険者数が30人台の顧問先は、いま準備を始める段階です。また従業員の2分の1以上の同意による任意加入という選択肢もあります。
130万円の壁もいずれ撤廃されるのですか
本記事更新時点(2026年9月17日)で確認できた公式資料の範囲では、130万円の被扶養者認定基準そのものの撤廃時期は示されていません。106万円の壁の撤廃と混同して「扶養の壁もなくなる」と案内しないよう注意してください。
顧問先から「手取りが減る」と反発されたときは
厚生年金保険への加入は将来の年金額の増加につながること、健康保険の傷病手当金・出産手当金の対象になることを、数値とあわせて示すのが基本です。加えて、事業主が労使折半を超えて保険料を負担し本人の負担を軽くできる保険料調整制度(標準報酬月額12.6万円以下の方が対象・3年間)を、事業主側の選択肢として提示できます。
まとめ ― 官報で確定した日付を、顧問先の手順に翻訳する
106万円の壁の撤廃は、2026年9月11日の政令公布をもって「予定」から「確定」に変わりました。それでも公式の解説ページには「撤廃予定」の文字が残っています。年収の壁と社会保険の適用拡大は、官報・法令・解説ページ・報道のあいだに時間差があるまま走る領域です。だからこそ、どこまでが法令で決まっていて、どこからがまだ動く余地があるのかを切り分けて預かれることが、社労士の提供価値そのものになります。
今日から着手できるのは3つです。第一に、週20時間前後で働き、所定内賃金が8.8万円に届いていないパート従業員をリストアップし、10月1日付の資格取得届と保険料控除の開始月を先に決めておくこと。第二に、顧問先名簿に厚生年金保険の被保険者数の列を作り、各社が何年10月に企業規模要件に該当するかを先回りして一覧化すること。第三に、労働条件通知書の記載が曖昧な顧問先を洗い出し、被扶養者認定の予見可能性を高める方向で整備を提案すること。この3つはいずれもAIが最も得意とする下ごしらえです。制度の期日は自分で確認し、そこから先の手を動かす部分を任せる ― この分担ができた事務所から、改正対応が「負担」ではなく「提案の機会」に変わっていきます。
参考文献(一次情報)
- 官報 令和8年9月11日(号外 第203号)7頁 ― 社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律の一部の施行期日を定める政令(令和8年政令第275号)|国立印刷局
- 社会保険の加入対象の拡大について|厚生労働省
- 年金制度改正法が成立しました|厚生労働省
- 令和7年度年金制度改正法が6月20日に公布されました|厚生労働省
- 改正の概要(社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案の概要)|厚生労働省
- 厚生年金保険法施行令等の一部を改正する政令案について(概要)|厚生労働省年金局年金課(e-Gov 意見公募)
- 短時間労働者の社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入拡大のポイント(令和8年1月作成)|厚生労働省
- 「年収の壁」への対応|厚生労働省
- 短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大|日本年金機構
- 労働契約内容による年間収入での被扶養者の認定の取り扱いについて|日本年金機構
- 労働契約内容による年間収入が基準額未満である場合の被扶養者の認定における年間収入の取扱いに係るQ&A(第2版)|厚生労働省(令和8年3月9日事務連絡)
- 19歳以上23歳未満の方の被扶養者認定における年間収入要件が変わります|日本年金機構
- 令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について|国税庁
- 2026年10月からパートタイム・有期雇用のルールが変わります|厚生労働省 Webマガジン
- 同一労働同一賃金特集ページ|厚生労働省
本記事は2026年9月17日時点で公開されている一次情報に基づいて更新しています。賃金要件の撤廃日は令和8年政令第275号(令和8年9月11日公布)により令和8年10月1日と定められていますが、要件の細目や運用は今後の通知等で変わる可能性があるため、顧問先へのご案内にあたっては必ず最新の公式発表をご確認ください。

